本研究の目的は,大学生が日本語の論理的な文章を一定期間シャドーインクすることにより,「聞く」「話す」を中心としたコミュニケーション能力と,文章を「読む」「書く」場合の論理力とが向上する可能性を,実証的に検討することである。作動記憶の機能の完成期を迎える青年後期の大学生において,シャドーインクの認知メカニズムを調べ,第二言語学習者との共通点,相違点を解明しつつ,母語学習での有効性を支える基礎理論の構築を目指す。 平成29年度は,上記の目的に沿って2つの実験を行った。実験7では,「書く」に焦点を当て,日本語を母語とする大学院生と中国語を母語とする上級日本語学習者の大学院生が,児童に日本語シャドーイングを一定期間指導した場合の効果を調べた。小学校4,5年生の児童に対して,10週間に渡り,教科書から選定した説明文をシャドーイング練習用に読み上げる課題を遂行させた。事前・事後テストデザインにより,学術的文章を比較分析したところ,表現の冗長性が改善され,文章の論理性が向上することがわかった。実験8では,日本語を母語とする大学院生が,中級レベルの英語会話文テキストを用いて,日本語(翻訳文)の音読と英語のシャドーイングを3か月間遂行した時の効果を,「話す」に焦点を当て縦断的に検討した。その結果,課が進むにつれて,日本語文の音読と英語文のシャドーインクの遂行成績が向上し,日本語の自由発話テストでは,文の長さの増大や接続詞の適切な使用,論理構成の明確な表現変容がみられた。 実験1~8の結果を合わせた本研究全体の総合考察を述べる。大学生が母語または第二言語としての日本語文章を一定期間,連続的にシャドーインクすることは,文章の理解・産出における記憶スパンを増大させ,音韻・意味処理の並行性を促進する可能性が高い。言語的コミュニケーションの流暢性を高め,文章の論理性への気づきを促す効果が期待できる。
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