不適切養育行動の世代間伝達の機序解明のためコモンマーモセットで見られる新生児の尾の欠損「尾食い」について検討を続けた。 昨年度までの研究で新生児の尾の状態が「尾食い」行動を誘発している可能性が示唆された。これまでの観察および行為発現状況から、新生児の尾の形状が行為誘発の一因であるものと推察し、ブタの尾食い研究で用いられている擬似尾による嗜好性試験tail model testを実施し、呈示から接触までの時間や手に保持している時間および口に含んでいる時間を比較した。その結果、コモンマーモセットは新生児尾の太さや長さを模した細い切り離し状態の擬似尾に対する嗜好性が有意に高いことが判明した。コモンマーモセットにとって新生児の尾の形状は視認すると近寄って手に持ち口にせずにはいられないもので、その衝動が「尾食い」行動発現の契機になっていることが示唆された。その新生児擬似尾にブルンス液を塗布すると嗜好性が有意に下がり、ブルンス液の「尾食い」行動忌避効果が実験的に証明された。 新生児に対するブルンス液塗布を開始して以来、当該コロニーにおいては尾長の1/3以上を欠損するような重度の「尾食い」は1例も認められず、行動が発現した場合も軽微な状態で終息させることが可能となった。これらの効果は不適切養育を受けた個体が繁殖した時も同様であった。 本研究により、コモンマーモセットにおける不適切養育のひとつとされる「尾食い」は、新生児尾の形状が誘発要因であること、そこに忌避効果のある嗅覚的味覚的修飾を加えることにより行動の発現および継続を終息させ、ひいては世代間伝達も阻止できる可能性あることが示唆された。
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