本研究は,日本の教育現場における「学びの共同体」の広がりを踏まえ,数学教育(および教科教育の)立場からその可能性について,事例研究をもとに探究するものである。教育学者佐藤学氏の提唱する「学びの共同体」理論は,生徒が学びの主体として活動することを推進するもので,今日,教育現場において多くの学校で実践が進められている。しかしながら,このような学校改革の試みの中で教科教育の関りは,非常に限られている。とりわけ,教科教育法は伝統的に「教授法」すなわち,指導方法の研究に中心があり,生徒の学びが中心にあったわけではない。本研究は,「学びの共同体」を研究対象の中心に据えた上で,数学教育研究がどのように貢献しうるのかを探究した。全市を挙げて「学びの共同体」に基づく学校改革に取り組んでいる山口県宇部市をフィールドに,観察とインタビューを中心にした質的研究を実施した。 研究成果として,まず,「学びの共同体」に基づく学校改革においては,伝統的な一斉授業からの転換が必要となることがわかった。日常の授業の進め方,生徒たちの学びを促進する教材,教師の役割等において根本的な見直しが求められている。とりわけ,数学科の授業で長くモデルとされてきた「問題解決型」授業からの脱却が必要であることが見出された。他方,数学的活動を通じた「真正の学び」を実現するためには,数学教育研究からの知見が基礎となっていた。それゆえ,これまでの数学教育研究の知見を活用しながらも新しい学びの在り方に基づいた数学教育研究が必要であることが見出された。
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