本研究は,聴覚障害児童が抱える算数学習の困難さの複層的要因を解明し,査定と支援に関して実践的な手がかりを得ることを目的とする。具体的には,次の2点から検討する。1つは,これまで実施してきたK-ABC検査結果の再分析である。特に,習得度尺度の一つである「算数」について詳細に検討する。2つには,手話の活用に着目する。聴覚障害児の算数に関わる活動を観察・分析することにより,算数学習の改善の手がかりを得ることをめざす。本年度は,昨年度に引き続き,聴覚障害児童およそ150名に実施したK-ABC検査結果の,特に「算数」の下位検査の分析を行った。「算数」の得点分布は,多くの同時処理の下位検査と異なり(1極分布),継時処理や言語関連検査と同様,2極分布することが明らかになった。このことから聴覚障害児集団には,言語学習と同様,算数学習が困難なサブグループが存在することが示唆された。さらに「算数」の各項目の正答率を算出すると,極端に正答率が低い項目(14,18,21,22,23,25,26)が見いだされた。これらの項目はいずれも複数の数値を関連付けながら操作することや特別な算数ことば(ダース)が含まれることが明らかになった。これらの困難さが聴覚障害児に特有なのか,他の発達障害(算数障害など)と共通なのか,今後検討が必要である。手話の活用に関しては,就学前に着目し,手話を第一言語とする1名の聴覚障害幼児とろうの母親による数や量に関わるプレ‐ニューメラシ―活動を分析した。以下概略を示すと,母親は,児の1歳前後から,身振り(指さし)で数えたり,指さしに手話の数詞を抱合させて提示する行為が見られた。また1歳半頃から「多い」や「少ない」,「同じ」など,量に関わる手話単語を示し,それらを表情や動作を使って比較する表現も見られた。児は1歳後半に数詞を表出,2歳半頃に計数行為が母親の支援のもと出現した。
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