研究課題/領域番号 |
26600006
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
城丸 春夫 首都大学東京, 理工学研究科, 教授 (70196632)
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研究分担者 |
兒玉 健 首都大学東京, 理工学研究科, 助教 (20285092)
若林 知成 近畿大学, 理工学部, 教授 (30273428)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 炭素クラスター / レーザー蒸発 / 環状炭素クラスター / 鎖状炭素クラスター / フラーレン / ポリイン / 魔法数 |
研究実績の概要 |
本研究の目標である単環状炭素分子(炭素クラスター)を生成するために,大気圧のアルゴンを流したガラスセル中で,グラファイトターゲットに高出力パルスレーザーを照射し、レーザー蒸発実験を行った。生成した炭素クラスターは,凝固点近くまで冷却した有機溶媒により捕捉し、溶媒和により安定化した生成物を紫外可視吸収スペクトルおよび高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した。申請者らは既に,室温のガス流中におけるナノ秒パルスレーザー蒸発により,マクロ量のフラーレンが生成することを明らかにしているが,本研究では初めて定量的な情報を得た。1985年にライス大学のグループがグラファイトレーザー蒸発生成物の質量スペクトルに現れるC60,C70 の魔法数をフラーレンと帰属した実験は非常に有名であるが,今回初めて室温の希ガスにより移送された成分に含まれるC60の定量に成功した(従来は検出下限以下とされていた)。また全蒸発炭素の定量を行い,フラーレンの生成効率を求めた。フラーレン生成効率は環境温度に鋭敏であるため,レーザーによるグラファイト試料面の温度上昇を測定した結果,約200度の環境におけるフラーレン生成を定量したことが分かった。さらに,環状炭素クラスターと共存する直鎖炭素クラスターおよびフラーレンの前駆体の反応性を調べるために,アルゴンで希釈したプロパン中で,グラファイトのレーザー蒸発を行った。直鎖炭素クラスターに関しては,クラスターが高温の場合に限り,プロパンとの反応により,選択的にポリインが生成することが示唆された。またフラーレン前駆体(ボトムアップで生成する場合は,非平面5,6員環ネットワーク構造の炭素クラスターと考えられている)が少量のプロパンで速やかに消失することを明らかにした。以上の結果はそれぞれ学会で報告するともに,専門誌に投稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
環状炭素分子の同定には至っていないが,環状構造の生成条件がフラーレン構造と直鎖構造に対する条件の中間にあると考えられていることから,フラーレンとポリインの同時生成条件を見出したことは大きな前進である。またレーザー蒸発用のガラスセルの形状を改良し,レーザー蒸発生成物の捕獲効率を大幅に改善することに成功した。タンデム型のセルを用いることにより,クラスターの反応速度に関する知見が得られることもわかったため,今後の展開が大いに期待できる。 生成物の分析には当初質量分析を考えていたが,より定量性の高い吸収スペクトルやHPLCによる分析が可能であったため,定量分析を優先的に行った。質量分析的手法によるクラスターの反応性の研究は今まで数多く報告されているが,中性種に関する情報が得られないことや,構造が明確に定義されないといった弱点が指摘されている。本研究のような生成物分析は,ダイナミクスに関する情報は間接的なものにとどまるが,構造が明確に定義されたクラスターについて定量的な議論ができるという利点は大きく,直鎖クラスターの反応性についてユニークな情報を得ることができた[Taguchi et al., Carbon, submitted]。フラーレンの定量分析で得られた知見は,従来のフラーレン生成効率の温度依存性の測定範囲を大きく低温側に広げるものであり,長年の重要課題であったフラーレン生成過程に関する新しい情報を与えるものである[Endo et al., to be submitted]。 本年度はスペクトルの形状やHPCLの保持時間が既知のフラーレンやポリインについて分析を行ったが,HPLCでは帰属ができないピークがいくつか観測されており,新しい炭素分子種である可能性が示唆されている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度に引き続き,種々の照射セルを製作し,炭素クラスターの反応に関する定量的な知見を得る。今までの実験で得られた未同定炭素分子の構造を明らかにするためには,試料の生成量をスケールアップして,分取用のHPLCで単離した後に分析する必要がある,そのための準備として,従来の繰り返し10Hzレーザーに代わって30Hzの高出力レーザーを再調整した。今後は試料の大量合成のため,30Hzレーザーによるレーザー蒸発実験を行う。長時間の照射により集めた大量の試料をHPLCによって分析し,単離した未同定炭素分子について分光学的な測定を行う。 一方,先端を絞った形状のガラスセルは,ガスのコンダクタンスが小さく,真空装置への導入に適している。そこで,セルと真空装置のインターフェースを作成し,レーザー蒸発生成物の質量分析を行う。 また新しい試みとして,フェムト秒レーザーによるクラスター生成実験を行う。これはカナダとの国際共同研究により進められていた液体中のレーザーアブレーション実験に,本研究で蓄積されたガス中レーザー蒸発のノウハウを組み込んだもので,クラスター生成反応を明らかにするための新しい手法として発展が期待されるものである。 今年度の成果の取りまとめに関しては,すでに投稿済みのポリイン,直鎖炭素クラスターの論文を発表まで持っていくとともに,投稿準備中のフラーレンに関する論文を完成させる予定である。
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