本研究の目的は、室温・液体中でナノメートル空間拘束により分子の光応答など量子応答の緩和を劇的に抑制できることを実証することである。そのために、逆ミセル内ナノ水滴中に拘束された色素分子を対象に永続的ホールバーニング分光を行う。電子のような微視的粒子の量子力学的状態は非常に脆弱であり、分子運動が激しい熱雑音下でその状態がすぐ変化(緩和)する。そのため、その量子的状態が機能に重要な役割を果たす場合熱雑音を抑えるために極低温(例えば、液体ヘリウム使用で約マイナス270度)固体を対象にするのが通常である。永続的ホールバーニング分光は、線幅の狭いレーザー光の波長に共鳴する分子の状態のみを変え、多数の色素分子で構成される系の分布の中に穴を開ける(ホールバーニングする)。光波長を変えると穴の位置も変わり光波長記録が可能となる。この分光法も通常極低温固体で行われる。はじめに、分光装置の構築を行い、複数種類の試料セルを試作し適用性実験をし、測定系を完成させた。一つの色素分子を水、高分子膜(固体)と逆ミセル中に入れてレーザー照射条件などの実験条件を探索した。そして、ホールスペクトルの照射レーザー光波長依存性を調べた。その結果、拡散的熱雑音が抑制された固体高分子膜と同様に液体中逆ミセルで光波長記録効果が確認できた。しかし、ホールバーニング効率の低さと振電遷移という他の量子応答の存在のために、記録効果が小さいことが分かった。そこで、最終年度は、記録効果改善のため複数の色素分子の探索実験を行った。そして、ホールバーニング効率が格段に高いフォトクロミック分子を着想し、その水溶性誘導体合成に成功した。今後は、その分子を対象に光波長記録の逆ミセル効果を詳細に調べる。一方、スペクトルの理論解析により、逆ミセルでは照射レーザー光の余剰エネルギーによる速い緩和の可能性など緩和効果の存在が明らかになった。
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