本研究では、水溶液中のみで観察される「カーボンナノチューブ(CNT)と糖分子の吸着反応」という新規物性の全容解明に挑戦する。糖分子はバンドギャップが大きなCNTに強固に吸着する特徴を持ち、その原理は2011年の反応の発見以来、未だ解明されていない。本研究では、この吸着反応の主たるメカニズムが「溶液中の溶存酸素とプロトンが媒介するCNTの酸化還元反応」にあるという仮説を実証する。本仮説を実証できれば、糖分子だけでなく、DNAや糖タンパク質などの糖構造をターゲットとするCNTの基礎物性研究が飛躍的に進展し、その原理を利用した高次の応用研究の創発にも多大に貢献できると期待される。 当該研究では、ドデシル硫酸ナトリウムで分散させたCNTの分散液へ酸化剤を添加し、CNTに正の電荷を付与すると、CNTの糖への吸着力が低下することを明らかにした。興味深いことに、ドデシル硫酸ナトリウムと類似の直鎖構造を有する1-ウンデカンスルホン酸ナトリウムでも同様の結果が得られた。一方、芳香環を有するドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを用いた場合には酸化剤の非存在下でもCNTの糖への吸着力が大きく低下した。分子動力学計算から、ドデシル硫酸ナトリウムと1-ウンデカンスルホン酸ナトリウムはCNTが正に荷電するとCNT表面への吸着密度を増加させることが明らかになり、これらの物性が酸化剤によるCNTの糖への吸着力の低下の原因であることが示唆された。一方で、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムは電荷をもたないCNT表面にも高密度に吸着した。 酸化剤の非存在下では溶存酸素とプロトンがCNTの酸化還元反応に関わることが知られている。以上より、酸化剤の非存在下の場合には、溶存酸素とプロトンがCNTの酸化還元反応に関与し、CNT表面の界面活性剤の密度を変化させ、その結果バンドギャップ依存的な糖吸着が起こることが示唆された。
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