まず、高スピン偏極n型酸化鉄薄膜の作製を行った。Fe3O4はハーフメタルとして注目されているが、キャリア濃度が非常に高く、pn接合を作製しても接合界面において空乏層の形成が期待できない。また、極めて酸化されやすく安定性に乏しいため、酸化物ヘテロ接合をベースとした機能性素子応用に不向きである。そこで本研究では、化学的安定性にすぐれたα-Fe2O3を母体材料として試料作製を行った。α-Fe2O3はネール温度950Kの反強磁性体絶縁体である。Feイオンは全て安定な+3価となり、それらの局在電子スピンが超交換相互作用で反強磁性的に結合することにより、安定な磁気構造・磁場応答性と高い絶縁性が実現している。本研究では、α-Fe2O3へのSi4+添加に伴う電荷補償効果によってFe2+/Fe3+の価数揺動状態を誘起することにより、Feイオン間のスピンホッピング伝導の発現を狙った。本研究では、Si含有/非含有の二種のターゲットを用いた二段階PLD法により薄膜を作製した。まず、α-Al2O3(110)単結晶基板に約40nmの膜厚のα-Fe2O3エピタキシャル薄膜を成長させ、次いでSi添加のターゲットを用いて蒸着した。成長温度が700℃の場合、Si-Feの相互拡散によってSiは膜中で均一に分散し、コランダム型結晶構造を維持した高品質な結晶相が得られた。電気特性の温度依存性から、この薄膜はα-Fe2O3に特有の異方的スピン配列を反映した二次元ホッピングを示すことが分かった。また試料は室温で強磁性的な挙動を示した。さらに、NbドープSrTiO3層上にSi:Fe2O3薄膜を成長させてSchottky接合を形成し、その磁気抵抗の温度依存性を調べた上で理論式よりスピン偏極率を決定した。その結果、室温でのスピン偏極率は31.3%と算出された。これはFe3O4薄膜の報告値に匹敵する値である。
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