本研究の目的はテラテルツ(THz)領域でのSTM発光にピコ秒の時間分解能を付与することにあった。可視域でのSTM発光の研究から、ピコ秒レーザー光をSTMの試料-探針ギャップに照射することで原理的にはTHz域であってもピコ秒の時間分解能は得られるはずである。しかし、可視域に比較してTHz域では光検出器のノイズレベルが格段に大きく、THz STM発光の信号を検出器のノイズ信号から分離するのは容易ではない。加えて、可視域では、レーザー光を照射しない場合に比べ照射時のSTM発光強度が低下することも判っている。従って、レーザー光照射時のTHz STM発光信号を検出器のノイズ信号から分離する方策の探索が目的達成には必須であると考えた。 このため、平成26年度はより強いTHz STM発光が得られる条件を理論的に解析し、その結果に基づき平成27年度は実験を実施した。Sb2Te3を試料として、照射レーザー光強度の関数としてTHz STM発光強度(THz STM発光による信号とノイズ信号の差分)を計測した。予想に反し、レーザー光強度の増大に伴いSTM発光強度が増大し、レーザー光強度によっては、レーザー光を照射しない場合の数倍にまで到達しうることを見いだした。Sb2Te3の可視域のピコ秒時間分解能STM発光分光によれば、レーザー照射後数ピコ秒でバンド構造が大きく変化する現象が観測されている。その結果、Sb2Te3のTHz域の誘電関数を決定している主要機構である「1.6eV近傍の電子遷移」からの寄与が消失し、自由電子の寄与のみが残ると考えると、観測されたレーザー光強度依存が説明出来た。 THz STM発光強度は試料の誘電関数依存性が強く、あらゆる試料系を本手法の計測対象とするのは依然として難しいが、少なくともSb2Te3ではピコ秒の時間分解能でTHz STM発光の実施が可能であることを示した。
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