本研究では、我々のグループで開発している大規模第一原理計算プログラムCONQUESTを用いて、数万原子を含むような複雑生体系に対してオーダーN法第一原理計算手法を適用し、生体系に対する理論研究で通常用いられている古典力場の問題点を明らかにし、解決することを目標とする。昨年度は脂質2重層中に埋め込まれたイオンチャネルgramicidin Aの系の複数の構造に対してセルフコンシステント第一原理計算を実現し、古典力場の問題点を明らかにした。同時に、オーダーN法第一原理分子動力学法の開発にも取り組んだ。当初は、各の複雑生体系に特有な場における第一原理計算にもとづいた力場を構築するということを計画していたが、最近のマテリアルズインフォマティクスの発展によって開発されている手法を取り入れることを考え、より一般的な力場構築手法の開発を進めることにした。 まず昨年度に実施したオーダーN法第一原理分子動力学の開発をさらに進め、温度一定の分子動力学を行うための手法、プログラム開発を行った。通常の温度一定のオーダーN法第一原理分子動力学において、前ステップの密度行列を再利用しながら密度行列最適化を行うと、熱浴に強く依存した恣意的な結果を与えてしまう。一方、拡張ラグランジアン断熱近似分子動力学手法を適用することにより、オーダーN法、温度一定の第一原理分子動力学が高効率、高精度で可能となることを示した。 さらに大規模第一原理分子動力学から得られる複数のスナップショット構造の全エネルギー、各原子に働く力を再現するような原子間ポテンシャルを機械学習を用いて構築する手法の開発を試みた。固体シリコンのような単純な物質においてはカーネル法を用いることにより十分な精度を持つ力場を構築することが可能であることが分かった。
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