本研究では超臨界状態にあるCO2を取り扱う最先端の分子動力学(MD)計算法を開発し、地殻の温度圧力条件における超臨界H2O-CO2-NaCl流体の物性データベースを構築することで、地震の震源域や火山活動の中心部の流体分布を明らかにし、地震発生との関連を解明することを目標とする。 本年度は、H2O-NaCl流体の電気伝導度・密度をMD計算から整備するとともに、その成果を解説記事(2016年 Conductivity Anomaly研究会論文集)にまとめた。地殻を想定した高温高圧下におけるH2O-NaCl流体の電気伝導度は、イオンの易動度だけで決まるのではなく、イオンペアの数に大きく依存することを明らかにした。このことはイオン伝導を記述するNernst-Einsteinの式は高温高圧条件では成り立たず、温度・圧力・塩濃度の関数としてイオンペアの割合を取り入れた記述が必要であることを示唆する。H2O流体の状態方程式などは、尤もらしい物理モデルに基づき、低圧における実験値を再現するようにパラメータを決定することで、高圧条件にも外挿が許されるような解析式を構築することが多い。しかしながら、このような物理モデルの多くは、水の双極子モーメントなどの値を温度圧力によらず一定にするなど、不自然な仮定でフィッティングされており、高圧条件への予測性が低い。本研究の MD 計算では、原子間相互作用モデルに基づき、統計量として熱力学量を導出しており、結果そのものが物理モデルに基づくものであるから、不自然な物理モデルに基づいた低精度の解析式を提案するよりも、MD計算の結果に単純にフィッティングしただけの精度の高い経験式を提案した。これらの結果は、地殻のみならず、上部マントルの一部にも適用可能な温度圧力範囲にあり、地球のダイナミクス研究において重要な成果となると期待している。
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