本申請では、強い磁束密度の下にある分子の電子状態を扱える量子化学的方法を開発し、強磁場下での分子物性や化学反応性の変化を予測することを目的とした。開発すべき方法論の項目として、(a)有限磁場のゲージ原点依存性の解消、(b)磁場の高次項の導入、(c)強磁場用基底関数の開発、の3点があった。(a)(b)においては一定レベルの近似法であるが完成することができたので論文発表している。(c)においては未だ検討中であるが、途中段階の成果を公表してきた。更に、本研究では相対論補正が必須であるので、(d)相対論的方法であるDouglas-Kroll-Hess(DKH)法に磁場項を含めるための理論的アイデアを試行した。本方法の応用研究としては反応解析にまでは至っていないが、金属錯体や環状π電子系の金属NMRの計算について解析を実施した。 また、強磁場下におけるスピン密度分布について検討する必要があったので、閉殻一重項において、強磁場下で発生するスピン密度をスピン関数を一般的に扱う方法であるGeneralized Unrestricted Hartree-Fock (GUHF)法を利用して定量的に検討した。非相対論では一重項であれば磁場下においてもスピン密度が発生しないが、スピン―軌道相互作用を含めた相対論的な電子状態理論ではスピン密度が生じる。このスピン密度を計算して図示する方法を開発した。磁場下の重原子を含む分子で発生するスピン密度とその伝達機構を定量的に可視化することに成功した。この結果はNMR化学シフトのフェルミ接触項と対応付けることができる。この研究は磁場下におけるスピンノンコリニヤー性を検討する端緒となるであろう。
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