研究課題/領域番号 |
26620045
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
林 高史 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (20222226)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ミオグロビン / マンガンポルフィセン / 水酸化反応 / 人工生体触媒 |
研究実績の概要 |
チトクロムP450は不活性C-H結合の活性化を介した水酸化反応を触媒するヘム酵素として広く生体内に存在する。一方、酸素結合をつかさどるミオグロビンは同じ補欠分子ヘムを有するものの、水酸化反応に対する触媒活性を全く示さない。本研究ではミオグロビンの補欠分子の置換とヘムポケットの変異を施し、酸素貯蔵機能タンパク質から、過酸化水素を酸化剤として駆動するアルカンの水酸化反応触媒への機能変換に挑戦する。この研究を通じて、錯体化学の観点から水酸化反応の触媒活性に必要な因子を把握し、メタルオキソ種を経由するC-H結合の活性化反応機構を改めて検証する。さらに、MD計算結果をもとに、遺伝子工学手法に基づくヘムポケットの立体構造の改変を通じて、生成するアルコールの立体制御(不斉合成)をめざす。 初年度は、まずミオグロビンの人工補欠分子としてマンガンポルフィセンを選び、その合成とアポミオグロビンへの挿入、および得られた再構成タンパク質の同定と構造解析を実施した。また、このマンガンミオグロビンを用いて、過酸化水素を酸化剤とするエチルベンゼン、トルエンおよびシクロヘキサンの触媒的水酸化を試み(室温・中性条件下)、それぞれ目的とするアルコールの生成をガスクロマトグラフィーを用いて検出した。特に、トルエンについては重水素化基質を用いることにより、同位体効果を観測し、反応の律速段階が不活性C-H結合の水素引き抜きであることを明らかとした。また、基質のC-H結合の結合エネルギーと水酸化反応に1次の相関があることを確認した。さらに、エチルベンゼンにおいては、生成物のアルコールの光学活性純度(不斉合成)についても、検討を開始している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は、計画通りミオグロビンの補欠分子であるマンガンポルフィセンの合成、アポミオグロビンへの挿入と再構成タンパク質の調製の準備が順調に進み、触媒反応の検討まで実施することができ、おおむね順調に進展していると判断した。特に大きな成果は、水酸化反応を触媒するチトクロムP450酵素と同様の補欠分子を有するミオグロビンでありながら困難とされてきた外部基質の水酸化反応を、今回の再構成ミオグロビンにおいて初めて達成したことである。さらに、ミオグロビンとP450の違いはヘム補欠分の軸配位子と考えられてきたが、今回の結果はP450に見られるチオレート軸配位子でなく、ヒスチジン軸配位子でも基質の水酸化を進行させることが可能であることを実証している。触媒回転率は、それほど高くないが、P450酵素反応機構として提唱されている触媒的な基質の不活性結合(C(sp3)-H結合)の活性化と、水素引き抜きをともなう水酸化反応をミオグロビンヘムポケット内で展開できたことは、今後の生体触媒開発への展開に向けて重要な指標と言える。さらに、基質としてトルエンを用いた際のアルコール生成物については、ある程度の純度の光学活性体が得られており、今後のヘムポケットの改変によって、不斉合成への応用が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
今後の展開としては、有益な生体触媒創製をめざし、まず反応機構の精査を行う。上記で示したようにP450酵素と同様の触媒的水酸化反応の進行が認められたが、活性種の同定、厳密な反応機構の解明に努めたい。特に、ストップドフロー装置を用いた反応中間体(メタルオキソ種)の検出と、その構造および反応性の評価をUV-visや結晶構造解析、EPR測定などを駆使して今後実施を試みる。得られる成果から、どのような人工補欠分子が最適であるかを模索し、補欠分子のさらなる分子設計を実施する。 次に、タンパク質をもちいた触媒の優位性である反応の立体制御に焦点をあて、アルコールの不斉合成を積極的に検討する。ミオグロビンは容易に部位特異的変異体を大腸菌によって調製可能であるため、ヘムポケット内のアミノ酸残基に様々な変異導入を行う。特に、MD計算により、基質の結合の方向性を探り、よりよいヘムポケットの構造を有する変異体を予測し、実際に遺伝子操作により変異体を調製し、触媒として用いて不斉合成を検証することを計画している。 平成26年度はマンガンポルフィセンを人工補欠分子として用いたが、もう一つの候補である、鉄コロール錯体も同様にミオグロビンのヘムポケットに挿入し、高酸化状態の中間体検出と触媒能の評価を行う。鉄コロールは、高酸化状態の鉄オキソ種が比較的安定であると予想されるため、水酸化反応や酸化反応に対する有益な情報が得られるものと期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
計画当初、初年度に実施する予定であった触媒中間体(タンパク質中での高酸化状態メタルオキソ種)の検出および寿命・安定生・反応性評価の実施するために必要とするラベル化試薬の調達の遅れと条件検討の難航、EPRやX線結晶構造解析の測定(マシンタイム)予約が思うように進まず、次年度に持ち越す実験項目が発生したため。
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次年度使用額の使用計画 |
上記で示したように、高酸化活性種中間体の測定に必要な試薬、機器および測定の出張(岡崎、SPring-8)の費用、またこれらによって得られる成果の発表のための学会・国際会議出張や論文の添削費用に使用する予定である。
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