生体内では、様々な高難度反応が酵素の働きによって、スムーズかつ選択的に進行している。たとえば、不活性なC(sp3)-H結合を温和な条件下で水酸化するチトクロムP450は多くの代謝過程や生合成過程に存在するヘム酵素として広く知られている。一方、酸素分子貯蔵をつかさどるミオグロビンは同じ補因子ヘムを有するものの、水酸化反応に対する触媒活性を全く示さない。本研究ではミオグロビンに着目し、補因子であるヘムを非天然ヘムへの置換し、さらにヘムポケットの変異を施し、単純な酸素貯蔵機能タンパク質から、過酸化水素を酸化剤として駆動するアルカンの水酸化反応触媒への機能変換を目標とした。この研究を通じて、錯体化学の観点から水酸化反応の触媒活性に必要な因子を把握し、メタルオキソ種を経由するC-H結合の活性化反応機構を改めて検証した。さらに、MD計算結果をもとに、遺伝子工学手法に基づくヘムポケットの立体構造の改変を通じて、エナンチオ選択的アルコールの合成をめざした。 昨年度(平成27年度)に引き続き、基質のエナンチオ選択的水酸化を試みた。エチルベンゼンを基質として、生成物の1-ヒドロキシエチルベンゼンの光学活性(%ee)について、詳細な評価を行い、変異導入の様式によってR体、S体のそれぞれが得られ、現時点では約70%eeまでエナンチオ選択性が向上した。さらに、最近では、n-ヘキサンも2位及び3位が触媒的に水酸化されることを明らかとした。TONも12程度まで、条件検討によって上昇した。さらに、ガス状の基質であるプロパンも、簡易型オートクレーブを用いることにより、2位のC-H結合が活性化されて2-プロパノールに誘導されることを示した。今後、反応条件の検討、ヘムポケット内のアミノ酸の配置の検討を実施することにより、さらなる反応性の向上とエナンチオ選択性の向上が期待される。
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