スピンクロスオーバ錯体[MnIII(taa)] (H3taa:tris(1-(2-azolyl)-2-azabuten-4-yl)amine)について、本研究で立ち上げた光照射下で測定可能な誘電率測定装置を用いて、633nmのHe-Neレーザ光を照射した誘電率測定を行ったが光誘起強誘電は観測されなかった。また、空洞共振器を用いたマイクロ波ESR装置による光照射下での強磁場ESR測定からも光誘起強誘電示唆する振る舞いは観測されなかった。ハイブリッド磁石を用いた強磁場誘電率測定を行い、磁場誘起によるスピンクロスオーバーに伴う大きな誘電率の増大、すなわち磁気キャパシタンス効果を観測した。その磁気キャパシタンス効果による誘電率の変化率は100%以上に達している。また、この測定から、これまでパルス磁場によってしか観測されていなかった磁場誘起スピンクロスオーバーが、定常的な磁場の下で観測された。これにより、スピンクロスオーバーの磁場温度相図が初めて明らかになった。この相図の解析によって、[MnIII(taa)]のスピンクロスオーバーに対する格子振動のエントロピーの寄与を見積もることに成功した。さらにこの物質の高スピン状態において、磁場の増加とともに誘電率が減少する負の磁気キャパシタンス効果を発見した。[MnIII(taa)]の高スピン状態は3d電子のdγ軌道の軌道自由度を持つが、スピン軌道相互作用の働きのため磁場の印加によるスピンの整列に伴ってdγ軌道が磁場方向に配向することが、この負の磁気キャパシタンス効果の原因となっていると考えられる。
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