平成28年度はこれまでに実施した調査の成果をまとめるとともに、補足調査として宇都宮市の大谷地区、千葉県の鋸山、山形県高畠町において現地調査を実施した。 栃木県宇都宮市には地元産の大谷石を利用した石蔵が多数残され、石の町に相応しい景観を生み出している。だが生活スタイルの変化に伴って、単なる物置と化した石蔵が多いのが実情だ。そのため傷みが生じ不要となると取り壊しに直結するおそれが強い。住民にその価値を伝えるため、地元のNPOや宇都宮大学は石蔵集積地区の調査を進めており、研究の一環としてその活動に参画した。平成28年度は調査結果を住民に提示し、石蔵を残すための意見交換会を実施した。 山形県で産出される高畠石は加工が容易な凝灰岩で、古墳の石室や石鳥居、石橋や駅舎など古代から近代に至るまで幅広く使われてきた。同じ凝灰岩の大谷石との比較を進めるため、現地で調査を行った。 平成28年4月に熊本地方で大地震が発生した。熊本城の石垣が崩れ落ち、甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しい。肥後の石工で知られるように熊本は石造文化が発達した地域で、凝灰岩系の石橋や石蔵、石塀が多数作られている。そこで被害の状況を把握するために熊本で調査を行った。石蔵や石橋が特に多く残る人吉地方では震度が4程度だったこともあり、被害は皆無に近く、石を積み重ねた組積造は中程度の揺れに対して充分耐えうると感じられた。震源地に近い熊本市内や益城町では石塀の倒壊が認められ、細かな彫刻が崩落によって割れたり欠けたりしていた。だが、修理を施すにも石塀を築いた石工は既に世を去り、また修復を行うことができる熟練の石工もほとんどいないことが判明した。危険な状況を放置するわけにもいかず、修復可能であっても撤去、廃棄された石塀も見られた。修理や修復を要する伝統的な石造建築は今後増えると予想され、修復を担う人材の育成が急務である。
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