本研究では,電子散乱にエネルギー依存性を与えることで,ゼーベック係数を効果的に増大させ,結果として,熱電材料の性能を向上させることを目的としている.この目的を達成するためには,電子散乱にエネルギー依存性を与える機構を物理的に解明するとともに,それを最大限に活用する指針を構築することが重要である. 電子散乱にエネルギー依存性を付与できる可能性のある機構として,(1)粒界によるショットキー障壁,および,(2)微細に分散させた半導体の粒子のエネルギーギャップを考慮した.これらの有効性を確認するとともに,有効性が確認された機構を用いて熱電材料としての性能を向上させる取り組みを行っている. 平成27年度に実施した研究において,高マンガンシリサイド(Higher Manganese Silicide,以下HMSとする)の粒径を液体急冷法とその後の熱処理を用いて制御した.また,HMS相に半導体であるSiを微細に析出させた材料と.金属相であるMnSiを微細に析出させた試料に対しても,同様に,液体急冷法とその後の熱処理を用いて粒径を制御した.それぞれの熱電物性を精密に測定したところ,不純物相の有無によるゼーベック係数の大きな変化は観測されなかったが,粒径を小さくすることで,ゼーベック係数が有意に増大するとともに,電気抵抗率が若干増大した.この効果は,粒径の微細化により生み出される電子散乱にエネルギー依存性があることを示しており,まさに,エネルギー選択散乱効果を観測したと結論した. さらに,粒径を小さくすることで,熱電材料としての性能が30~40%程度,向上することを明らかにした.現状では,微細な粒径を維持したままバルク状の材料を作製するに至っていないが,本成果により,安価で無害な元素から構成される高性能熱電材料が創製できる可能性が著しく高まったと言える.
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