研究課題
近年、水素エネルギー社会の実現のため、水素脆化感受性の小さな高強度鋼板の開発が望まれている。現在、安全性の観点から、使用できる鋼は、水素感受性の小さな安定オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lに限定されているが、この鋼は本質的に強度が低く、配管のガス流量の制限ならびに構造物の大型化など二次的問題が生じている。一方で、より汎用性の高い準安定オーステナイト系ステンレス鋼SUS304は、冷間加工によってオーステナイトが硬質なマルテンサイトへと加工誘起変態するため、容易に高強度化を図ることが可能であるが、マルテンサイトは水素感受性が高く、水素脆化を誘発することが指摘されている。そこで当研究ではSUS304に対して、高温での窒化処理とその後の冷間加工を組み合わせることで、表面に水素の侵入を防ぐ安定オーステナイト層、内部に強度を支えるマルテンサイトを意図的に分布させる新たな組織制御技術の確立を目的とした。今までは高強度鋼の水素脆化を防止するためには、部材表面を特殊な有機塗料やメッキで被覆する以外に手段がないと考えられてきたが、本研究の技術により、高強度ステンレス鋼の新たな水素脆化防止技術として実用的に応用展開されるものと期待される。当該年度では、まずオーステナイト層厚制御のための相変態予測モデル構築についての検証を行った。その結果、冷間加工後に表面のオーステナイト層が安定に存在できる窒素濃度を見出し、窒化処理時間とそれにより形成されるオーステナイト層厚の関係を明らかにした。さらに表面オーステナイト層を形成させた高強度ステンレス鋼には水素脆化抑制効果があることを実証した。
1: 当初の計画以上に進展している
H26年度は水素侵入を防ぐための部材表面の安定オーステナイト層厚を制御し、その予測モデルを構築することを目標とした。まず汎用のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304を窒素ガス雰囲気中で高温焼鈍する事により、固相窒素吸収を施した。この時、板厚方向への窒素分布は、焼鈍時間に伴いFickの第二法則に従って形成されることが判明した。その後冷間圧延を施すことで、窒素濃度の低い領域では加工誘起マルテンサイト変態が生じるが、窒素濃度が約0.3mass%以上の高濃度領域でオーステナイトが安定に残存することがわかった。これにより、窒素吸収処理時間とそれに伴う安定なオーステナイト層厚の予測が可能となった。さらに表面にオーステナイト相を形成した高強度ステンレス鋼に電解陰極法による水素チャージを施した場合、オーステナイト層が形成していないものに比べ、明らかな水素脆化抑制効果があることを実証した。以上の成果を踏まえ、本年度の達成度は ①当初の計画以上に進展している とさせて頂いた。
当初H27年度は、表面に形成した安定なオーステナイト層の水素脆化抑制効果を検証することを目的としていたが、上述のようにH26年度において、その抑制効果が実証されたため、今後は実用化に向けた取り組みとして、水素脆化抑制のために有効なオーステナイト層厚の提示を試みる。具体的には長時間の水素チャージや温度を上げた加速試験を実施し、それによる水素脆化の発現を確認する。これにより、オーステナイト層から内部への水素侵入挙動を把握することが可能となる。そして、水素ガス圧1000気圧を想定して、室温で水素脆化を抑制できる有効オーステナイト層厚の見積りを行い、前年度構築したマルテンサイト分布予測モデルと併せて、実質的な固相窒素吸収条件ならびに冷間圧延率を提示する。
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Scripta Materialia
巻: 90-91 ページ: 14-16
10.1016/j.scriptamat.2014.07.005
CALPHAD
巻: 47 ページ: 168-173
10.1016/j.calphad.2014.09.006