一般に面心立方(FCC)構造をもつ金属は低温脆化を引き起こさないため,オーステナイト系ステンレス鋼は低温用材料として広く使われている.しかし,この種の材料はNiを多量に含んでおり,近年の価格高騰などから窒素をNiの代替としたNiフリー高窒素オーステナイト鋼が注目されている.しかし,高窒素オーステナイト鋼は,一般にオーステナイト鋼では見られない低温脆性を示し,実用上の大きな障害となっている.この特異な延性―脆性遷移のメカニズムを解明するためには既存の理論(応力遮蔽効果)の適用範囲を新たな 理論と供に拡張する事が必須となる.本研究は,「転位遮蔽効果」を土台としたこれまでの延性―脆性遷移理論の適用範囲を,従来考慮される事のなかったFCC合金にまで拡張し,結晶構造に関わらず包括的に適用可能な延性―脆性遷移理論構築に挑戦した.そのために,高窒素鋼にCuを添加した試料における延性―脆性遷移挙動を明らかにした.その結果,Cu添加により脆性-延性遷移温度は低下した.そこで,脆性-延性遷移温度の変形速度依存性から転位運動の活性化エネルギーを求めたところ,転位運動の活性化エネルギーが低下していた.Cu濃度の異なる試料において,遷移温度の変形速度依存性から活性化エネルギーを求めたところ,遷移温度と活性化エネルギーの関係は,転位がパイエルス障壁を乗り越える運動が素過程である結晶における関係と大きく異なっており,転位と固溶元素が強い相互作用をする材料における脆性-延性遷移モデルを提案した.更に,高窒素鋼における亀裂先端転位を超高圧電子顕微鏡により観察し,転位構造を明らかにした.
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