哺乳類をはじめとする多くの生物は、目や耳といった感覚器官を用いて、光や音などのさまざまな環境情報を電気シグナルに変換し、それらを知覚して生きている。しかしこの図式は、見方を変えれば、自然界に数多く存在する環境情報のごく限られた情報だけを感じとっているにすぎないとも解釈できる。たとえばヒトは地磁気や紫外線、超音波などを感知することはできず、それらの存在や強さが自身の意識にのぼることはない。ではもし今まで感知できなかった情報が脳に送られたとき、脳はその情報をすみやかに理解し、活用することができるのだろうか。これを調べるために、地磁気を感知し、刺激電極を通じて脳へと刺激を送る「磁気センサー脳チップ」を開発した。この微小脳チップを、目の見えないラットの脳に埋め込むと、わずか2日の訓練で、あたかも目が見えているかのように、迷路中のエサを上手に見つけることができるようになった。本研究により、本来は身体に備わっていない新奇な感覚でも、脳は柔軟かつ迅速にこれに適応し、有益な情報源として積極的に活かすことができることが証明された。この結果は、脳の潜在的な能力を示唆するもので、感覚獲得の普遍的なメカニズムの解明に向けた布石となる。さらに、この発見は、視覚障がいなどの感覚欠損の治療に向けた新しいアプローチを拓くことが期待される。身近な応用例としては、視覚障がい者が街歩きをするために用いる白杖に、方位磁針センサーを設置するなどのアイデアが考えられる。本研究成果は、2015年4月2日(米国時間)発行の米国科学誌「カレントバイオロジー」オンライン版に掲載された。
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