近年、がんの発生・進展を制御する機構として、「細胞競合」と呼ばれる現象が重要な役割を果たすことが示されつつある。細胞競合とは、組織中の隣り合う細胞間で生体内環境への適応度を競合する現象で、競合の「勝者」が「敗者」を細胞死により排除してその場を占有する。最近の研究により、細胞競合は組織に生じた前がん細胞を組織から排除する「内在性がん抑制機構」として機能するほか、がん細胞が正常細胞を駆逐しながら増殖する「がん促進機構」としても機能することが示され、がんを正にも負にも制御する重要なシステムであると考えられている。しかしながら、その分子機構の詳細は不明である。その理由として、細胞競合を引き起こす分子群を網羅的に単離・同定するモデル系が存在しなかった点が挙げられる。研究代表者らは、細胞競合の分子機構を明らかにするために、細胞競合が継続的に観察される新規細胞競合モデル系の確立を行ってきた。このモデル系では、Gal4/UAS遺伝子発現システムを利用し、「野生型細胞がタンパク質の合成能が低い変異細胞Minute(リボソームタンパク質をコードする遺伝子に変異の入った一連の変異の総称)を細胞競合により組織から排除する」現象を継続的に引き起こす。この新規細胞競合モデル系を利用し、本年度は①細胞競合の「敗者」で機能する遺伝子群、および②「勝者」で機能する遺伝子群を網羅的に単離・同定する「in vivo RNAiスクリーニング」を展開するとともに、これまでに細胞競合に関わる可能性が示唆されていた種々の因子を検討した。その結果、Wingless(Wg; ほ乳類のWnt)シグナルがリボソームタンパク質の低下によって引き起こされる細胞競合を制御していることを見いだした。
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