研究課題
ゲノム安定性は個体維持、種族保存に必須である一方、一定のゲノム不安定性は進化、癌化の原動力として働く。本研究では、ゲノムの5%を占める新しい多型で、しばしば遺伝子コピー数の変化を伴うことから、一塩基多型(SNP)やマイクロサテライト不安定性(MS)と比較して生物学的意義が大きいと考えられるコピー数多型(Copy Number Variation:CNV)を対象として、癌における体細胞性の異常(Copy Number Alteration: CNAs)の実態を解明し、癌化の駆動力としての意義を明らかにすることを目的として、以下の3課題の解析を計画し、特に初年度である平成26年度は、主として課題I, IIを遂行した。I.新規ゲノム不安定性としてのCNV部位での体細胞変異の実態の把握と概念の確立。II.CNV部位に体細胞性変異(CNAs)を生じるDNA配列(シス)と細胞側(トランス)要因の解明。III.CNV不安定性のin vitro検出系の構築と、環境因子等の評価、病的意義の解明。まず、乳癌、胆道癌、舌癌、膀胱癌、計52例について、アレイを用いてCNAsの実態を解明したところ、1MBを超える染色体の大規模な異常が蓄積する症例(染色体不安定性)に加えて、10KB以下程度のゲノム領域のコピー数の増減を顕著に示す症例が、相当数認められ、両者の不安定性は独立の傾向を示した。乳癌 20例においては、CNAsの異常は合計7542箇所(プローブ)で見出され、この中の2213箇所では、20例の腫瘍中にコピー数の増加を示す例と減少を示す例が同時に認められたことから、遺伝子産物の機能異常が癌細胞で選択、固定されたものというよりはむしろ、ゲノムDNA自体が異常を生じやすいことが示唆された。これらのCNAsを顕著に示す腫瘍について、臨床病理学的特徴を検討したところ、核異型度との相関が認められた。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は、腫瘍における体細胞性のCNAsの異常の網羅的な解析が、研究の出発点かつ基盤であるが、各症例について癌部、非癌部の比較を必要とし、検討する情報量も膨大であることから、その解析は大掛かりとなる。本年度に合計52例の解析を完成したことは、当初の計画と比較して、期待以上に解析が進んだと評価できる。また、各腫瘍の10-20%に、断片長10kb 以内のCNAsの顕著な例を認めたこと、またこの形質が 1Mb以上の染色体異常を示す形質とは独立と思われる証拠を得たことは、当初の期待通りであるが、非常に独創的な成果であり、初年度としての期待を上回るものと評価できる。
癌細胞の一部でCNAs を顕著に示す例が同定でき、これが染色体の大掛かりな異常を示す形質とは独立であることが示唆されたことは非常に有意義である。今後は、現象としてのCNAs の実態の解明が必要であり、2年目以降はこの課題に取り組む予定である。具体的には、CNAs を示す腫瘍と、マクロなレベル(1Mb以上)での染色体不安定性を示す腫瘍、いずれも示さない腫瘍における臨床病理学的特徴の変化を、統計解析を駆使して行う。さらに、より本質的な取り組みとして、CNAs を示す腫瘍、染色体不安定性を示す腫瘍、いずれも示さない腫瘍の典型例を用いて、全エクソームシークエンシングを行い、CNAsの形質と相関する遺伝子変異を探索する。また、可能であれば、網羅的メチル化解析を行い、CNAsの形質と相関するエピゲノム変異を探索する。また、ここで顕著なCNAsを示す例を不安定性と便宜的に定義しているが、実際には、不安定を定義するためには、分裂回数あたりの変異数として捉える必要があり、時間経過を追う実験が可能となるような、容易で鋭敏なCNAs検出系を構築する必要がある。しかし、CNAsを誘発する遺伝子異常、エピゲノム異常が同定できた場合には、癌化の駆動力の解明と、これに基づく一定の癌の治療への道が拓かれる可能性が高く、期待される。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件、 オープンアクセス 8件、 謝辞記載あり 4件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 6件) 備考 (1件)
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