心臓は変動する脈拍、血圧に適応しつつ循環恒常性を維持している。このためには、心拍維持に必要なATP を産生し続けている。心拍に使われるATP 量はきわめて多いが、ATP 産生のエネルギー代謝が破綻すれば、すなわち死を意味する。これを回避するため、心臓は循環動態に呼応してエネルギー代謝を制御している。骨格筋も、運動動態(力学負荷)によって糖から脂質へエネルギー源を変える。しかし、この適応の分子メカニズムは解明されていない。申請者は、心筋、骨格筋について、力学負荷に反応して糖/脂質代謝を制御する因子を発見した。このような因子は、心不全、心筋症、肥満/糖尿病などの治療薬の創薬ターゲットとなることも考えられることから、医学的応用を視野に入れた研究を展開し、力学負荷と代謝の接点を解き明かすことを目的に研究を行った。 我々が同定した力学刺激応答因子のMKL2が、心拍/血流によって作られる力学刺激(主に伸展刺激)によって核内に速やかに移行することを見いだした。この核移行は極めて早く、分単位で進行することがわかった。また、MKL2が、核内で相互作用するDNA結合タンパク質として核内受容体のひとつを同定した。細胞を伸展しながらLuciferase assayを行うと、転写活性化が顕著に起こる。このことから、循環動態の変化による力学刺激増大が、MKL2の核内移行を惹起し、核内受容体による転写活性化、ひいては脂質代謝によるエネルギー代謝の促進を起すことがわかった。この合目的的な調節機構は、絶えず変動する循環動態への重要な対応機構である。 加えて、MKL2の核内移行を引き起こす刺激についても、これまでに想定されていない新たな経路が存在することがわかり、力学刺激の伝達機構について、大きな発見となった。
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