本研究は、タンパク質のNMR解析におけるアミノ酸選択標識技術を活用し、アミノ酸の情報を安定同位体標識率に符号化して帰属に用いる「符号化標識法」を応用するものである。通常の符号化標識法における推定パラメータであるアミノ酸型やシグナル位置・強度・線幅に加え、通常は既知である符号語表自体、すなわち各アミノ酸に対応する安定同位体標識率をも推定することにより、標識スクランブルのおこる発現系で作られたタンパク質であっても、解析を可能にするという挑戦的な目標を掲げた。このためには、連続変数と離散変数からなる多次元パラメータ空間を効率よく探索する仕組みが不可欠であり、レプリカ交換モンテカルロ法でこれを達成した。この手法は様々な解析対象に応用が可能であり、最終年度はこの手法について2つの高度化をおこなった。ひとつはS/N比の低いスペクトルからアミノ酸情報を引き出すことへの応用であり、適切な標識パターンの設計と、標識パターンとアミノ酸配列の事前情報を組み込んだ解析により、ノイズレベルに近いNMRスペクトルから情報を得ることが可能になった。もうひとつは符号化標識における濃度補正への応用であり、S/N比か低い場合や、従来法で濃度補正に使えるシグナルが少ない場合にも、濃度比を説明変数として推定することで精度よく濃度の補正ができるようになった。この2つの高度化により、細胞内のタンパク質を観測するin-cell NMRへの応用が可能になった。当初の目的である、標識スクランブルのある発現系への応用については、阻害剤等により標識スクランブルを抑制していない無細胞タンパク質合成系で発現したタンパク質に利用できる段階となったものの、研究期間中にはあらゆる発現系に応用可能な段階までには至らなかった。しかし、本研究期間において必要な基礎技術の開発に成功したことから、今後これを目指して実用化を進めたい。
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