細胞内外には膜電位と呼ばれる電位差生じている。定説によれば、膜電位はごく単純に言えば、以下の二つの要因によって生じる。 【I】「細胞内外のイオンの非対称濃度分布」 【II】「イオンの細胞膜透過」 【I】は「Donnan理論」と呼ばれる概念であり、【II】は「Goldman-Hodgkin-Katzの式」と呼ばれる概念である。これら二概念は提出されて以来、多くの検証実験に耐えてきた生理学分野の重要概念であると広く認められている。しかし、生理学の歴史を精査すると、これら二概念には合致しない実験観測結果が報告されていることがわかる。 【I】、【II】両概念が成り立つために必要なことは「細胞膜を介した細胞内外間のイオンのやり取り(イオンの細胞膜透過)が最低一度は引き起こされる」ということである。これは【II】に関しては言うまでもなく、【I】に関しても「細胞内外のイオンの非対称濃度分布」とは、最低一度はイオンが細胞膜を透過して濃度の非対称分布が誘起されるはずなので当然である。本研究では、細胞をモデル化した人工実験系を構築し、膜電位発生とイオンの膜透過の関係を精査した。実験系は人工膜で隔てられた二つのイオン水溶液から成る。人工膜は細胞膜に対応し、二つのイオン水溶液が細胞内外の相に対応する。二イオン水溶液間には人工膜を介して非ゼロ電位差が生じることが確認された。更に、人工膜のイオン透過性、非透過性問わず非ゼロ電位差が生じた。これは、イオンの膜透過性は膜電位発生とは無関係であることを示唆する。よって、膜電位発生の起源とされる【I】と【II】の概念は誤りであると結論した。実験結果を更に精査後、膜電位発生は細胞系中の可動イオンが細胞構成物質に吸着することで生じると結論した。これは定説を覆す概念であり、今後の膜電位発生研究にとって有益な成果であると考えている。
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