研究課題/領域番号 |
26650049
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
臼倉 治郎 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 研究員 (30143415)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 細胞膜剥離法 / 細胞骨格 / アクチン線維 / クラスリン / 電子顕微鏡 / 原子間力顕微鏡 / バイオイメージング |
研究実績の概要 |
観察、分析機器の発展と情報処理技術の向上はめざましく、抽出精製された核酸やタンパク質であれば、そのシークエンスや分子構造までも決めることができる。しかし、細胞内小器官の形態やin situでのタンパク質の分子構造となると、解析法は限定されると言うか確立されていない。抽出や精製は明らかに一つの標本作製法であり、その意味ではin situ構造解析のための標本作製法がないといえる。そこで我々は細胞膜を剥離し、可用性タンパク質を除去することにより、膜細胞骨格の空間構造を観察することを考えた。これまで、水中で超音波により細胞膜剥離を試みてきたが、刺激が強すぎて細胞全体が丸ごと流失してしまうなど、歩留まりの良い方法ではなかった。そこで、我々はなぜ超音波で細胞破壊が起こるかを考察し、その理由として、cavitationが起こり、それが破裂する衝撃波で細胞膜が破壊されると考えた。そこで、低出力でも細かいcavitationが発生し、徐々に細胞膜が剥離できるような超音波発生装置を考案した(27KHzの場合0.3~0.5W)。また、この装置と実体顕微鏡、斜光照明を組み合わせることで、膜の剥離程度を予想することができ、腹側の膜細胞骨格を残したまま容易に背側の膜の剥離ができるようになった。細胞膜剥離法はクライオ顕微鏡、原子間力顕微鏡、走査型電子顕微鏡のための標本作製にとって極めて有用な方法であった。実際、原子間力顕微鏡ではこれまで不可能であった、細胞内微細構造を原子間力顕微鏡が本来持つ高分解能で観察できた。すなわち、水中において、アクチン線維の短周期、長周期の確認やその構成Gアクチンの形から方向性までをも決定することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
我々は細胞膜剥離を容易に行える超音波発生装置(sonicater)を開発した。超音波プローブ先端にV字状の溝を切ることにより、多くの気泡が発生することがわかった。次のステップは、出力の低下と気泡発生の相関を得ることである。我々の実験により、27kHzのピエゾの場合、0.3Wまで落としても、気泡の発生が認められた。また、気泡が発生する限り、膜を微小破壊することも分かった。これらの事実から我々は27kHzのピエゾを用いて、0.1W~3W の範囲で出力制御できる装置を開発した。通常の超音波発生装置は最大出力が50Wであり、10~50 Wの範囲内でしか制御できない。また、プローブの先端形状も変化させていることから単なる超音波発生装置ではない。細胞膜が剥離される様子を観察しながら最適状態で標本を作るために、斜光照明を備えた実体顕微鏡と一体化し、細胞膜剥離装置として、特許申請を行った。これにより細胞の流失を最小限に抑えて、細胞膜剥離(unroofing)ができるようになり、膜細胞骨格の観察は容易になった。これは極めて重要な研究の進捗であることから、十分な達成度が得られたとした。出力を弱めることで、細胞内小器官や細胞質細胞骨格も残存し、観察の機会も増えたが、大きなオルガネラである細胞核の観察などにはまだ不満な点が多い。核や細胞内小器官を大量に残す方法として、接着性を高めたガラスなどで細胞膜を引き剥がす方法がある。これはRip-Off法と呼び以前我々が考案した方法である。しかし、この方法は極めて歩留まりが悪いために現在はほとんどしようしていないが、現在これと極微低出力のsonicationとの併用法を考えている。
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今後の研究の推進方策 |
前述のように、当初の目的は一応達成している。今後の方向として、多くの応用研究をして、細胞膜剥離法を定着させることである。また、装置として小型化、使用法の簡便さを追求し、商品化を試みる。現在、細胞膜剥離法はクライオ電子顕微鏡のための標本作製に使用している。欧米では凍結切片の観察がなされているが、膜細胞骨格のnativeな状態の観察には細胞膜剥離法の方が明らかに優れている。特に細胞膜の細胞質側表面を立体的に観察するためにはこの方法しかなく、また、freeze-etching replica法との比較ができるため構造解析の信頼性が増す。現在、この方法を原子間力顕微鏡観察のための標本作製に使用している。これにより、これまで不可能であった細胞内の微細構造を水中で本来の分解能で観察が可能となった。実際、クラスリン被膜を構成するトリスケリオンの構造を直接観察することにも成功した(現在論文作成中)。また、アクチン線維の短周期や長周期に加え、Gアクチン分子の直接観察からその重合の方向性までも明らかにできた。このような分子構造を水分を含む細胞中で明らかにできることは画期的であり、他の分子構造も明らかにするため今後とも細胞膜剥離法を原子間力顕微鏡観察の標本作製法として、利用し確立する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度は細胞膜剥離のための低出力超音波発生装置の開発に重点を置いた。また、開発研究の進捗が予想以上に順調であったので、無駄遣いをせずに済んだ。また、来年度は開発装置の手直しとともに応用研究を広く行うことと、論文作製などに経費がかかると予測されたため、論文の投稿料程度の金額を繰り越すことにした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度は26年度より交付額は少ないが、実際は応用研究などを含めると前年度と同程度の予算規模が必要となる。そのため、32万円程度を繰り越し、前年度同じ規模の予算とした。これにより、応用研究を幅広く行うことができる。まず、低出力超音波発生装置をより完成形にするため、細部の手直しを行うことに予算を使う。また、開発機器により細胞膜剥離標本を作製し、細胞内in situで標的タンパク質分子の分子構造解析を原子間力顕微鏡による直接観察から試みる。また、クライオ顕微鏡にも応用するので、これらの実験の消耗品に幅広く予算を使用する予定である。
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