本研究は簡易に単一細胞の温度分布を非侵襲計測する新たな手法の構築を目指すものである。具体的には、温度感受性を持つ蛍光分子を薄膜状にした蛍光温度計シートの上に細胞を培養し、蛍光強度の変化から温度の2次元分布を可視化する技術を開発する。 研究最終年度となる2016年度では、2波長計測(Ratioイメージング)用の温度計シートの開発と細胞応用を進めた。当初の計画通り、温度感受性の異なる2種類の蛍光色素を培養用ディッシュ上にスピンコートすることで、2波長計測用温度計シートを簡便に作成する手法を構築した。この2種類の蛍光色素の蛍光強度比は、温度変化に応答(変化)するのに対し、他の環境感受性(pHやイオン強度)には応答しなかった。この温度計シート上にHeLa細胞やHEK293細胞、ラット新生仔心筋細胞を培養することに成功した。数日間の培養において顕著な細胞毒性は見られなかった。2波長計測により焦点ずれを克服可能なこの温度計シートは、単一細胞の活動に伴う温度の時空間パターンを細胞外部から非侵襲に計測・可視化するための強力な手法である。 本開発手法の有用性を示すため、昨年度に引き続き、神経細胞の電気的興奮に伴う温度上昇の検出を試みた。電気刺激時の細胞近傍の温度計シートの蛍光強度変化を40msの時間分解能で計測したが、刺激に伴う顕著な温度変化(0.1℃以上)は検出されなかった。同様の計測をラット新生仔心筋細胞でも行ったが、電気刺激による収縮に伴う顕著な温度変化は検出できなかった。これらの結果から、神経細胞や心筋細胞の生理的な細胞興奮に伴う単一細胞レベルの温度変化は、より高速・微小なものであることが示唆される。
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