研究課題
本研究は、阻害剤を一切用いずにアフリカツメガエルの未受精卵から調製した卵抽出液(ネイティブ卵抽出液)を用いて、従来のアクチン重合阻害剤を用いて調製される卵抽出液(旧卵抽出液)では調べることができなかったアクチンフィラメントの細胞内動態を再現し、微小管との相互作用を解析することを目的とした。まず、抽出緩衝液の組成、遠心分離条件、回収画分について検討し、細胞周期の進行、間期の核形成およびDNA複製、さらに分裂期の核膜崩壊、紡錘体様構造形成、染色体凝縮を再現する卵抽出液の調製法を確立した。さらに、超遠心により、オルガネラ、不溶性成分の大部分を除去した抽出液を調製し、これを用いて、重合したF-アクチンと未重合G-アクチンを分離する方法を検討した。これらの無細胞系を用いた解析により、以下の点を明らかにした。①ネイティブ卵抽出液で形成された核ではF-アクチンが非常によく発達し、旧卵抽出液ではクロマチンが核膜から乖離するのに対し、F-アクチンが発達した核ではクロマチンの核膜結合が維持される。②分裂期への移行に際し、ネイティブ卵抽出液では、紡錘体の周辺にF-アクチンが発達するのが観察され、旧卵抽出液よりも正常な双極紡錘体の形成率が高い。また、③分裂期の染色体凝縮についても、旧卵抽出液では染色体が過度に凝集する傾向が見られたのに対し、ネイティブ卵抽出液では個々の染色体がよく分離し、明瞭な染色体像が観察される。一方、④微小管の重合を阻害すると、核アクチンの発達には影響は見られなかったが、分裂期に染色体近傍にはF-アクチンの集積が観察されない。よって、特に分裂期において、F-アクチンと微小管の相互作用が紡錘体形成および染色体凝縮に必要であることが示唆された。この分裂期の相互作用に対するアクチン結合蛋白質の関与について、F-アクチンとG-アクチンの遠心分離系を用いて解析中である。
3: やや遅れている
本研究において、細胞周期の進行とそれに伴う核の変化を再現でき、アクチンフィラメントの細胞内動態をも再現できる無細胞系が確立された。これを用いて、ネイティブ卵抽出液で形成される核にはF-アクチンがよく発達することが見いだされた。さらに、核におけるF-アクチンの発達は、卵抽出液だけでなく、胞胚期の核でも確認され、非常に興味深いことに、嚢胚期にはほとんど見られなくなることが見いだされた。この発見は、胞胚期には転写活性が低く核の分化全能性が維持されることを考え合わせると、核の機能制御との関連性を示唆し、核アクチンの機能的役割について重要な検討課題を提出するものである。また、本研究の成果から、分裂期における微小管とアクチンフィラメントの相互作用の可能性が強く示唆され、紡錘体形成や染色体凝縮に対するF-アクチンの関与が示唆された。従来の卵抽出液ではアプローチできなかった、こうした現象の解析に道を開いた点でネイティブ卵抽出液は有用な実験系といえ、評価できる本研究の成果である。しかし、本研究では、微小管とアクチンフィラメントの相互作用を生化学的に解析するために、卵抽出液のF-アクチンとG-アクチンを遠心分離する方法の検討も行ったが、低速遠心による細胞質画分にはリボソームなどのオルガネラおよび膜成分が多量に含まれており、通常の遠心条件ではF-アクチンと共にそれらが沈殿するため、最初は、F-アクチンの結合成分を解析できず、微小管と相互作用するF-アクチン結合蛋白質の解析に進むことができなかった。その後、リボソームや膜成分を選択的に沈殿させて除く条件を検討し、アクチン動態の再現性を保持しながら、多量の沈殿成分を除去した卵抽出液の調製することに最近成功した。この遠心分離系を用いて、現在、分裂期におけるアクチンフィラメントと微小管の相互作用を媒介する因子を解析中である。
本研究で調製法が確立されたネイティブ卵抽出液は、微小管だけでなくアクチンフィラメントの細胞内動態を再現することから、両細胞骨格の相互作用を解析できる無細胞系を提供する。分裂期の紡錘体形成や染色体凝縮の制御にF-アクチンが関与することが示唆されたことから、その分子機序の解析が次の課題である。今後の展開として、阻害剤を用いて各細胞骨格を選択的に重合阻害した時の影響を調べるのに加え、微小管、F-アクチンの双方に対する結合性を有する調節タンパク質がいくつか知られていることから、①それらの調節タンパク質の挙動を解析する、②特異抗体を用いて機能阻害する、③内在性のタンパク質を免疫除去した後に変異タンパク質を加えて当該タンパク質の機能領域を解析するなど、卵抽出液の無細胞系に容易に適用できる手法を用いて、分子細胞生物学的な研究を行う。また、本研究で見いだされた、胞胚期の細胞核でよく発達するF-アクチンの構造、機能的役割については詳細な解析が必要である。F-アクチンの発達がクロマチンの核膜結合の維持に必須であるという、本研究で得られた知見は、核アクチンの新たな役割を示しており、核のF-アクチンの発達が胞胚期特異的であるという知見は、細胞の分化制御における核アクチンの調節的役割を示唆している。ネイティブ卵抽出液を用いて核におけるアクチン動態の制御機構を解析すると共に、発生生物学的観点から、胚発生の進行に伴う核の構造変化を、アクチンの核内動態と関連づけながら詳細に調べていくことにより、胞胚期に核アクチンが発達することの生理的意義が明らかにされていくものと期待される。
平成26年度に、申請者らが確立したネイティブ卵抽出液を用いて、アクチンと微小管の相互作用を調べる目的で超遠心分離法によるアクチンフィラメントの単離の条件を検討した結果、卵抽出液に多量に含まれる膜成分の影響のため、一般的に用いられる遠心条件では単離が難しいことが判明した。そこで、計画を一部変更して、アクチンフィラメントの単離条件を改良することとしたため、未使用額が生じた。
アクチンフィラメントの超遠心分離法による微小管とアクチンフィラメントの相互作用解析を次年度に行うこととし、未使用額はその経費と成果発表に充てる。
すべて 2014
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 1件)
Developmental Cell
巻: 55 ページ: 524-536
10.1016/j.molcel.2014.06.024