ヒト培養細胞などで分裂期初期における染色体動態を観察すると、個々の染色体が独立に挙動するのではなく、全ての染色体が緩やかにまとまった一群として挙動しているように見える。分裂期染色体が一群として挙動することを促すような「染色体間グルー(糊)」の存在が予想された。本研究は、これまでに具体的な検討が一切なされてこなかった染色体間グルーについて解析し、その生理的意義を考察することを目的とした。 初年度及び次年度は、染色体動態を適切に観察・評価するための実験系の洗練に費やされた。具体的には、染色体倍数性が比較的よく保たれているHCT116細胞を新たに導入した。また染色体間グルーの成分であると予想される因子を細胞から除去する際に、長時間を要するsiRNAの使用を止め、ゲノム編集によりAID(オーキシン誘導性デグロン)タグを付する手法を採用した。細胞周期同調とオーキシン添加による条件的分解とを組みわせることにより、分裂期直前の数時間の操作で対象因子を細胞から除去することが可能となった。またゲノム編集により内在性因子に蛍光タグを付することが容易に行えるようになり、種々のマーカー因子の挙動を生細胞観察できる細胞株を多数樹立した。 最終年度においては、Ki67抗原(またはKi67抗原と直接相互作用するモータータンパク質であるHklp2)を除去した細胞の詳細な観察を行った。予想に反して「染色体動態の異常」や「微小核形成頻度の上昇」を明らかに認めることはできず、より詳細な評価系の開発や、関連因子を予め除去することにより細胞を感作した上で解析するなどの工夫が求められた。一方で、Ki67抗原の除去により「分裂期染色体構造の異常」が惹起されることを新たに認めた。この点についてより詳細に観察をし、またKi67抗原がII型トポイソメラーゼと相互作用することを示す生化学的解析を加え、論文発表した。
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