研究課題/領域番号 |
26650114
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
松島 俊也 北海道大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (40190459)
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研究分担者 |
川森 愛 総合研究大学院大学, その他の研究科, 研究員 (50648467)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 意思決定 / 神経経済学 / 行動生態学 / 社会採餌理論 / セロトニン / ドーパミン |
研究実績の概要 |
リスクとは、将来にわたる利益や損失について高々確率的にしか知りえず、エージェントが行為の帰結を確定できない状況を言う。購買や投資など経済的意思決定について用いられる用語であるが、行動生態学においても動物の採餌行動をめぐってリスクをめぐる研究が展開されてきた。一般に、その期待値が同じであっても、多くの動物はリスクを伴う選択肢を嫌い、セーフな(すなわち餌等の報酬量が確定している)選択肢を選び取る傾向を示す。これは多くの鳥類でも同様である。しかし、我々は最近、カラ類の近縁種間でリスクに対する行動が異なることを見出した。 実際、従来のリスク行動の研究では、「リスクを回避するか、それとも選好するか」(一般にこれをリスク感受性と呼ぶ)を実験的に計測して記載することに注意が注がれてきた。しかし、種間・個体間変異がどのように生じるか、維持されていくか、あるいは修正を受けていくのか、これらに正面から応える研究は稀であった。本研究ではまず個体間分散に絞り、以下の一連の問いに答える実験を実施する。(1)リスク感受性が群内での社会的地位(他個体のリスク感受性、採餌順序の上下、同性・異性間の番いの有無など)を要因として個体間で分散をするか、(2)リスク感受性がその場の繁殖可能性の高低に応じて個体内で変動するか、(3)これらの分散が脳内のセロトニン量およびセロトニン受容体発現と相関するか、(4)幼若期の社会的経験(個体群密度、攻撃的相互作用、競争採餌等の社会要因)が成鳥後のリスク感受性にどのような影響を及ぼすか、を検討する。これらを通し、群れの中の個体がリスク感受性を動的に決定している機構を明らかにする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度はブンチョウ(Padda oryzivora)を対照として社会関係とリスク感受性を定量化する手順を確立した。ブンチョウはインドネシア原産の鳴禽類で、飼育と実験室内での繁殖も共に比較的容易である。以下の実験を行った。 (1)社会構造の検討:4羽の同性個体(雄同士、雌同士)を組にして同一ケージで飼育した結果、比較的安定な採餌順位と番い関係(同性間番い)が観察された。しかし群れによっては、この関係は長期にわたって安定ではなく、番いの相手が組み替えられ、同時に順位の変動を示す場合もあった。社会構造の把握に予想以上の手間がかかった。結果として、社会構造には群れごとに異なること、時間的にも変化をしていくこと、が判明した。 (2)リスク感受性の計測:二者択一の装置を用いて、リスク感受性を個体ごとに定量化した。装置には二つの餌トレイがあり、そのうちの一つしか引き出すことができない。一つのトレイは「安全な選択肢」で、常に小さな餌(1粒)が入っている。他方のトレイは「リスクのある選択肢」で、確率=1/3で大きな餌(3粒)が得られる。期待値が等しい二つの選択肢を6~12回繰り返し提示し、そのうちの何回で「リスクのある選択肢」を選ぶか、を調べた。初期の実験では、採餌順序の高い(高位の)個体ほど、リスク選択数が低いこと(リスク回避傾向の高さ)が見出された。しかし、この結果はすべての群れで再現されることは無く、現在のところ、順位とリスク感受性との強い相関は否定された。同性番いの個体の間にも、明確なリスク感受性の相関は見出されなかった。 (3)繁殖可能性と繁殖行動の影響の検討:これまでの実験は同性の個体からなる群れで行なってきた。異性より成る繁殖可能な番いをつくり、営巣から産卵、育雛・給餌の過程でリスク感受性が変動するか、検討する準備を始めた。年度末までに、複数の繁殖可能な番いを用意した。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度はブンチョウを対象とした研究を中心に、以下の諸点を解決する。 (1)繁殖行動の進展に伴うリスク感受性の変化:繁殖期にはエネルギー要求量が格段に高まる。自身だけではなく、育雛・給餌のために従来以上の採餌が必要になる。この状況の下では、リスク選好性シフトが生じて、より大きな直近の餌を獲得する傾向が進む可能性がある。昨年度末より準備した番いの繁殖行動を観察しつつ、そのリスク感受性を追跡する。 (2)幼若個体の養育状況とリスク感受性の発達に伴う変化:繁殖によって血縁関係の明確な幼若個体を入手し、里子(adoption)によって同一家族の幼若個体の数を操作する。より多くのnestlingsと共に育った雛(より競合的な給餌をうけたもの)と、より少ないnestlingsと育った雛を育て、そのリスク感受性の発達に伴う変化を追跡する。より競合的な環境ほど、リスク選好性が高まると予想される。更に、父母のリスク感受性についても既に計測済みである。養育環境と遺伝的背景、どちらが個体のリスク感受性をよりよく説明するか、予備的な検討を進める。 (3)ドーパミン・セロトニン量の計測:従来の研究から、SSRI(セロトニン選択的取り込み阻害剤)の全身投与によって、遅延報酬の時間割引が弱まることが判明している。また、SSRIは線条体のセロトニン量だけではなくドーパミン量も増やすことが判っている。これら、大脳線条体の機能に対して就職作用を持つ因子について、パンチアウトした組織片中の含有量をHPLCによって計測する手順を整えた。また、セロトニン・ドーパミン受容体の各種サブタイプの発現をin situ hybridization法によって定量化する手順も、ゼブラフィンチにて確立している。リスク感受性を計測したブンチョウを対象に、これら修飾物質の量を測定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
ブンチョウの飼育に必要な飼料等の見積もりを年度末に作成したが、再検討が必要なことが判明し年度内の発注を見送ったため。
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次年度使用額の使用計画 |
4月から6月にかけて、必要な飼料と鳥かご、ブンチョウ等を購入するために充てる。
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