24時間周期で繰り返される生命現象は概日リズムと呼ばれる。一般に生化学反応は温度に依存するが、生物種を問わず概日リズムの周期は温度に依存しないことが知られており、温度補償性とよばれている。本研究では概日リズム以外のリズムにおいて温度補償性が存在するのか探索を試みた。 私たちのグループではケンサキイカの表皮に存在する色素胞とよばれる細胞に着目した。この細胞は色素顆粒を含みイカの体色を決定している。この色素胞はしばしば収縮リズムを示すことが知られており、周期は1秒以下のリズムである。この概日リズムとは異なる生物リズムを材料として私たちは環境の温度を変化させ、色素袋の断面積の周期的変化を調べた。結果として、温度依存性は概日リズムほどは持ち合わせておらず、温度依存性の指標であるQ_10は1.5程度であった。また計測する温度域を下げるとこの温度依存性はさらに高まり、2より大きな値を示した。また5℃付近の極めて低い温度では周期が発散して振動が停止することが見られた。これは、非線形動力学ではサドルノード分岐と呼ばれる現象である。私たちのグループは、概日リズムが低温下ではホップ分岐と呼ばれる振幅が減少することによってリズムが停止するということを別の実験から明らかにしている。数学的な分岐のタイプの違いがこれらの温度依存性の違いを生み出している可能性を明らかにした。この知見は、概日リズムだけが何故温度補償性を持っているのか、という問いに対して部分的に回答を与えるものである。
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