最終年度には、南極クマムシAcutuncus antarcticusの異なる温度下におけるトランスクリプトーム解析実験で得られたデータの分析を行った。その結果、発生や卵発生関連遺伝子の発現が温度依存で変動しており、低温でのエネルギー生産や卵発生の抑制などが示唆された。また、南極の昭和基地周辺露岩域に生育するギンゴケ群落内に設置した温湿度ロガーの記録データを回収したが、致命的なデータエラーがみつかり、A. antarcticusが生息する南極のギンゴケ群落内における、繁殖期間の長さ、繁殖期間における温度変動と環境ストレスの頻度や強度を明らかにするには至らなかった。 本研究課題においては、南極に広域に分布している固有種であるクマムシA. antarcticusの室内実験を行うことで、南極の極限環境に生息する陸上動物の生活史や繁殖の温度特性を初めて明らかにすると共に、緩歩動物門における繁殖老化についても世界で初めて明らかにすることができた。さらに、南極で採取され30年半の間凍結していたコケ試料からA. antarcticusを抽出し、蘇生と繁殖に成功したことで、南極クマムシの驚異的な長期生存能力を示すこともできた。この研究では、30年以上にわたる長期保存によってDNA損傷が蓄積されていた可能性や、それらを蘇生後に徐々に回復している可能性が示され、長期生存研究に新たな視点を提供した。本課題を実施することにより、これまで謎に包まれていた南極陸上動物の生存戦略に関する理解が多いに進展した。今後、本課題で得られた手法やデータを基盤とした、さらなる研究の展開が期待される。
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