近年、気温の上昇により熱中症発病者が急増し、特に熱中症高齢者の増加が特記される。熱中症の予防として適度な水分と塩分の補給が推奨されているが、口渇感や暑さへの感受性が弱い高齢者にとってはその実施が難しい。根本的な熱中症予防は暑さに身体を慣らす、つまり暑熱順化と考えられる。しかし暑熱順化の分子機構の解明はほとんど進んでいないのが現状である。 本研究は暑熱順化の分子機構を解明し、“熱中症のなり易さ・なり難さ”を予測する生物学的分子指標を探索することにある。 平成27年度はまず、(1)細胞で熱を感受する温度センサー、TRPファミリーを中心に検討を行った。TRPファミリーは感受する温度に違いがあることが知られている。そのため、どのTRPファミリーが暑熱順化の際に関与するのか興味が持たれた。上記と同時に(2)細胞内への水の取り込みを制御する水チャネルについても検討を行った。水チャネルは細胞膜の水の透過性を亢進させるが、病的なときは浮腫を招き、からだにとっては不都合となるときがある。次に、(3)高齢ラットの暑熱順化による脳内変化について検討した。 (1)暑熱順化により、42℃以上で反応する熱センサーTRPV1の発現が減少することを明らかにした。一方、27‐34℃の熱に反応するTRPV4の発現には暑熱順化が関与しなかった。このことは、熱、特に侵襲的な熱に対する過度の反応を抑制する機能の表れであると推察された。 (2)細菌性の食中毒は気温が温かくなったころに発生のピークがある。腸管出血性大腸菌食中毒模倣下ではエンドトキシンが作用することで水チャネルの発現亢進が観察された。また、熱刺激単独でも同様に水チャネルの発現が亢進した。これが脳症(脳浮腫)の原因であると推察された。 (3)高齢ラットは幼若ラットに比べ、暑熱順化による脳内での神経新生において劣っていることを明らかにした。
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