研究課題/領域番号 |
26660003
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉田 薫 東京大学, 農学生命科学研究科, 准教授 (70183994)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | イノシトールピロリン酸 / 環境ストレス |
研究実績の概要 |
本研究は、これまで植物の環境応答においてほとんど解析されてこなかったイノシトールピロリン酸(PP-IPs)に着目し、その環境ストレス耐性における役割を明らかにすることを目的とするものである。主として我々が植物で初めて同定したPP-IPs合成酵素遺伝子OsKCS1~6の機能解析を行う。 (1) 生化学的解析:ポリアクリルアミド電気泳動法により、イネ種子抽出物を用いてPP-IPsの分離及び検出方法を確立した。さらに、方法を吟味し、イノシトール七リン酸(IP7)を二本のバンド(リン酸基の位置によって2つのバンドとして検出される)に分離することに成功した。すなわち、植物にもPP-IPs合成酵素として、イノシトール環の一位にリン酸基を付加するVIP1ホモログ以外に、五位の位置にリン酸基を付加するKCS1ホモログが存在することを初めて示すことができた。 (2) 逆遺伝学的解析:植物のストレス応答ではアブシジン酸(ABA)が重要な役割を果たす。6種類のOsKCS1~6はアミノ酸配列から3つのグループに分けられるため、それぞれのグループを代表するOsKCS1, OsKCS4, OsKCS6の発現抑制組換えイネを用いて、発芽におけるABA応答を調査した。その結果、OsKCS1の発現抑制個体のみが野生型に比べて発芽が遅れ、ABA感受性が上昇することが明らかとなった。 (3) 遺伝学的解析:酵母のKCS1欠損変異体を用い、新たに過酸化水素耐性相補実験を行った結果、OsKCS1~6の中で、OsKCS1が最もKCS1を相補することが分かった。また、PP-IPsの基質IP6のトランスポーターであるOsMRP13の欠損変異体では発芽におけるABA感受性が低下するとともに、もう1種類のPP-IPs合成酵素OsVIP1で合成されるIP7が減少したことから、IP7の量がABA応答に重要であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、イネのKCS1~6の環境ストレス応答における役割を明らかにする目的で、(1)生化学的解析、(2)逆遺伝学的解析、(3)遺伝学的解析、(4)分子生物学的解析を進めることとした。現在までのところ、以下の理由から、おおむね順調に進んでいると判定した。 (1) 生化学的解析:当初計画した大腸菌によるOsKCS1~6のリコンビナントタンパク質の発現はうまくいかなかったが、高濃度ポリアクリルアミドゲル電気泳動の技術を向上させることで、植物で初めて2種類のイノシトール七リン酸(IP7)のバンドを検出することに成功した点、これらのバンドがイノシトールピロリン酸(PP-IPs)の特徴である高熱処理での脱リン酸化を受けて消失することを明らかにした点は、大きな進展と考えている。 (2) 逆遺伝学的解析:発芽におけるABA感受性応答実験において、OsKCS4やOsKCS6の発現抑制組換えイネは野生型とほぼ同等のABA感受性を示したのに対し、酵母での機能解析において酵母のKCS1に最も近い働きを示したOsKCS1遺伝子の発現を抑制した組換えイネではABA感受性が上昇することを見出した点は、PP-IPsが植物のストレス応答において何らかの役割を担うことを示唆するデータとして重要であると考えている。 (3) 遺伝学的解析:PP-IPsの基質であるIP6の合成が抑制されるイネ変異体のうち、IP6のトランスポーターOsMRP13の欠損変異体では、発芽の際の ABA感受性が低下すると同時に、2種類のIP7のうち、 PP-IPs合成酵素VIP1で合成される1位にリン酸基が付加されたIP7が減少することを明らかにした点は、大きな進展である。すなわち、遺伝学的解析と逆遺伝学的解析の両面からIP7がABA感受性に関与する可能性を指摘することができた。 (4) 分子生物学的解析:計画通りに順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成果を踏まえ、以下の実験を新たに追加して研究を進める。 (1) 生化学的解析:最もイノシトールピロリン酸合成活性が高いと推測されるOsKCS1については、コドンを大腸菌用に修正した上で、再度リコンビナントタンパク質の合成、酵素活性測定を試みる。 (2) 逆遺伝学的解析:OsKCSの機能をより鮮明にするため、複数のOsKCS遺伝子の発現を同時に抑制するRNAi組換え個体を使って実験を進める。平成27年度までに系統樹のcladeごと(OsKCS1と2、またはOsKCS3~5)にRNAiにより複数遺伝子の発現を抑制した組換えイネを作出し、T2世代まで育成を終えているので、ホモ確認と発現抑制を確認した個体を使って実験を行うことができる。また、基質であるIP6が減少するとPP-IPs量やABA感受性が変化することが示唆されたので、IP6が増加する組換え体を作出して調査する。さらに、VIP1の合成するIP7の量が重要な可能性が示唆されたので、VIP1抑制組換え体を作出し、ABA応答を調査する。 (3) 遺伝学的解析:IP6トランスポーターOsMRP13の変異体にOsMRP13を導入し、ABA感受性やIP7量が野生型に復帰するかを確認する。
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