研究課題
物質生産に最適なゲノムを「ベストゲノム」と定義すれば、これからの微生物育種における最大の課題は、ベストゲノムがいかなるものかを明らかにすることであろう。この問題に答えるため、本研究では、申請者らが開発してきた酵母のゲノム工学を駆使して、天文学的な種類のゲノム組成を持つ出芽酵母細胞集団を創出し、そこからベストゲノムを持つ細胞をスクリーニングする「多様性創出ゲノム工学技術」の開発を目指す。このため、ひとつは、i)体細胞分裂で脱落可能な染色体領域を、申請者らが開発した染色体分断技術(PCS法)によりゲノムワイドに人工染色体化し、その多様な組合わせの脱落によって多様性を創出する(ゲノムの再編成技術;計画1)を発展させる。もうひとつには、ii) 全ゲノムをカバーする200kbの大きさの人工染色体を作成し、多様な組合わせで細胞に導入する(ゲノムの再構成技術;計画2)技術の可能性を検討する。平成26年度は、前者については、そのハイスループット化を、また後者については、200kbの染色体がどの程度の組合わせで、細胞に導入できるかを検討した。計画1では、これまでのPCS技術では1カ所でしか成功していなかった染色体の分断が、PCS法に、近年発展してきたゲノム編集技術(CRISPR/ Cas)を融合することにより、異なる染色体上であろうと、同一染色体上であろうと、同時に2カ所の分断を行うことに成功した。計画2については、核融合欠損 kar1変異株で起こる chromoduction の現象を利用することにより、200kb人工染色体を持つ持つ2株の交雑により、2種の200kb人工染色体を同時に持つ株を作成することができた。
3: やや遅れている
計画1)のゲノムの再編成技術による多様性創出については、PCR技術に、ゲノム編集技術CRISPR/Casを融合させることによって、ハイスループット化の見通しがついた。今後は、同時3カ所分断、同時4カ所分断等が、同一染色体上で、あるいは異なる染色体上で可能かどうかについて検討し、さらなるハイスループットが可能かどうかを検証する予定である。一方、計画2)のゲノム再構成技術については、kar1変異を利用して、2種の200kb人工染色体を併せ持つ菌株を育種することができたものの、このプロセスを繰り返し、種々の200kb領域を持つ多様なゲノム組成を持つ細胞を構築することは、手間と時間がかかることを実感した。また、当初計画した、1倍体ゲノムをカバーする62種の200kb人工染色体をパルスフィールドゲル電気泳動によって単離し、それを色々な組み合わせで、細胞に導入する戦略も困難であろうと想像された。従って、計画2)については、方法論の変更、あるいは方針の変更が必要であると考えられる。
ゲノムの再編成技術によるゲノムの多様性創出については、その効率的な適用に必要な染色体分断のハイスループット化に、ゲノム編集技術であるCRISPR/Casを染色体分断技術PCSに融合させることによって可能であるとの見通しがついた。従って、来年度は、これを継続、発展させるつもりである。具体的には、同一染色体上あるいは異なる染色体上の複数箇所(できるだけ多くの部位)の同時分断技術の確立を目指す。一方、ゲノムの再構成技術による多様性創出については、200kbの人工染色体を、自在な組合わせで保有する細胞を、Chromoductionによる方法で作成することは、手間と時間の問題で困難であると想像された。しかし、上記2つのアプローチのどちらをも同時に成功させる必要は無いので、熟慮した結果、今後はゲノムの再編成技術に集中したいと考えている。そのための今後の研究の推進方策としては、染色体分断技術の更なるハイスループット化を目指すとともに、染色体2領域、あるいは3領域の同時削除、同時重複技術の確立も目指す。この目的は、染色体分断による人工染色体の創出と、その後の多様な組合わせの脱落を介したゲノムの多様性創出という2ステップの方法論だけでなく、1ステップの形質転換で、種々の染色体領域の削除や重複の組み合わせを可能にするためである。しかし、その組み合わせ数を考えると、このアプローチが真に有効であるためには、少なくとも5領域程度について、同時削除、同時重複が可能になる必要があろう。従って、同時削除、同時重複については、その限界を見極めることは必要である。ただ、これまでの成果によって、削除、あるいは重複により、バイオテクノロジーに有用な形質が現れる染色体領域を明らかにしているので、こうした領域の2つあるいは3つの組み合わせを持つ細胞の創成が可能になるだけでも、有用な技術になると考えている。
研究代表者の原島 俊は、阪大を定年退職し、4月1日より崇城大学に移動した。
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