国後島には上半身が白く下半身は灰色~茶色をしたヒグマ(イニンカリグマ)が生息する。こうした毛色パタンは100年以上前から観察例があるが,世界で他に観察例がない。イニンカリグマの観察頻度が近年増加しているという情報に注目し,通常の茶色いヒグマに比べ,イニンカリグマの毛色パタンには主要採餌資源であるサケ類を捕獲する際に発見されにくいという適応的な意義があるとの仮説を立て,これを明らかにする足がかりを得ることを目的に研究を行った。現地調査を進めるため,平成26年度はロシア側の共同研究者としてロシア極東農業大学(アムール州)と共同研究について検討してきた。 平成27年9月に国後島北部自然保護区にて10日間の現地調査を実施した。野外調査では,5頭のイニンカリグマを含む合計8頭のヒグマを直接観察,カメラ・トラップでもイニンカリグマ3回を含む8回の撮影に成功し,高い割合でイニンカリグマが生息することが確かめられた。予定していたGPSテレメトリー追跡は実現できなかった。 イニンカリグマの毛色パタンの適応的意義を検証するため,着衣を上半身白で下半身黒,および全身黒の2パタン用意し,四肢立ちで川に入った際のサケ類の行動を比較した。全身黒では,2m以内にほとんどサケ類が接近しなかったのに対し,上半身白では2m以内にサケ類がすぐに接近するなど,顕著な違いが観察され,上半身白はサケ類から発見されにくい,または忌避されにくい可能性が示唆された。 調査中に発見した糞を分析し,過去の結果と合わせて隣接する知床半島におけるヒグマと比較した。9月以降の食性は類似度が高くサケ類に依存している一方,8月までは類似度が低く,ルシャ地区が草本類のほか動物質など多様な資源利用をするのに対し,国後島ではほとんど草本類に依存していた。これまでに採取してきた体毛を用いた生元素安定同位体比解析の結果も同様の結果を示した。
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