海と河をめぐる回遊機構に関しては、これまでに多くの生理・生態学的な知見が集積しているが、回遊を可能ならしめたゲノム上の変異は同定されていない。トラフグ属魚類の多くは純海産魚であるが、その近縁2種は淡水適応に成功し、河に遡って産卵する。本研究では、遡河回遊を可能としたゲノム上の変異を同定するため、これまでの回遊研究とは異なった切り口、すなわち順遺伝学的手法を用いた。
研究初年度には、「淡水で生息可能なメフグ」と「淡水では死亡してしまうトラフグ」の種間交配家系を作出した。次に、得られた約200 個体を海水から淡水に移して、その生死を経時的に調べた。その後、ゲノム全体をおおよそ覆うように、約200 個のマイクロサテライト座とSNPを選び出し、解析家系における多型性を調べた。最終的には、表現型値とマーカー座の遺伝子型情報と併せて量的形質遺伝子座のインターバルマッピングに付し、淡水耐性遺伝子座を同定することに成功した。研究次年度(最終年度)には、淡水で生息可能なもう一種のフグ、すなわちメガネフグについて、同様の種間交配実験をおこない、淡水耐性遺伝子座を同定することに成功した。その結果、淡水で生息可能な2種の淡水耐性遺伝子座は同じゲノム領域に存在することが示された。トラフグ属魚類合計10種のゲノム配列の中で、淡水で生息可能な2種にのみ共通するDNA配列を探索し、回遊を可能ならしめたゲノム上の変異候補を絞り込んだ。
遡河回遊性が進化するためには、親の淡水適応能と同時に子供の淡水適応能力も発達しなければならない。ところが、仔魚は親魚(あるいは幼魚)が持つの主要な浸透圧調節器官(鰓、腎臓など)を持たないので、親魚とは異なった淡水適応機構を獲得している可能性がある。そこで、孵化直後の仔魚についても上記と同様の解析をおこなった。その結果、幼魚と仔魚の淡水適応遺伝子座が異なること が判明した。
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