バングラデシュ・カンボジアなどの東南アジア諸地域では、地下水のヒ素汚染による健康被害が現在でも深刻な問題となっている。カンボジアでは、地下水の摂取制限対策が進みつつあるが、生体中のヒ素量は改善半ばである。現地調査の結果、住民はたんぱく質摂取の八割を魚(主にメコン川の淡水魚)に依存しており、魚がヒ素の摂取源になっている可能性は否定できない。食用魚のヒ素含量に関してほぼ海産魚が対象であり、淡水魚中に関する報告は少ない。そこで、メコン川流域淡水魚中のヒ素濃度および化学形態を調べることとした。 現地での淡水魚採取および調査は、徳島文理大学の姫野誠一郎教授に依存した。魚市場で40種の淡水魚と20種の海産魚を入手、写真撮影後、切り身として冷凍保存状態で持ち帰った。総ヒ素量は、マイクロウエーブ灰化後ICP-MS装置を用いて測定した。ヒ素化学形態別分析は、凍結乾燥後水-メタノールで抽出、水に再溶解させ、アニオンカラムのHPLC-ICP-MSにて測定、入手可能な既知ヒ素化合物を対象とし、定性・定量を行った。 淡水魚中の総ヒ素濃度は、最高でも0.09ppmと海産魚の1/50程度であった。また、魚種毎の摂食量調査を併せると淡水魚で約4kg/週/人と多く海産魚の30倍ほどであった。これに魚種毎の総ヒ素濃度を考慮すると、約260μg/週/人となり海産魚の2倍程度の値となった。魚種毎のヒ素化学形態別分析の結果、淡水魚ではモノメチルアルソン酸、ジメチルアルシン酸など有機化合物が多く、海産魚の主成分であるアルセノベタインは少なかった。また、毒性の高い無機ヒ素は約14μg/週/人であった。しかしWHOのヒ素摂取基準に換算すると健康に影響は無いものとわかった。生体中のヒ素は、飲用水の管理も併せて考慮する必要がある。
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