最小の分子である水素(H2)が,生体において虚血再灌流障害・神経変性疾患・心肺停止後蘇生などに対して医学的に有効性を示すことが報告されているが,その作用機序は明らかではない.研究代表者らは水素水を飲水することにより胃におけるグレリン産生が亢進し,実験的パーキンソン病を改善させることを初めて見出した.一方,交感神経β受容体遮断薬は,水素水によるグレリン産生亢進とドパミンニューロンの保護効果を阻害することから,交感神経系に着目して分子状水素の作用に関して検討を開始した.グレリン遺伝子の5’上流域1.8 kbp領域をマウスからクローニングし,プロモーター解析に用い,ルシフェラーゼ測定により転写活性を数値化した.その結果,分子状水素単独では転写活性を高めないものの,β受容体刺激薬と協働して転写活性を高めていることが明らかになった.5’上流域に存在するcAMP感受性部位が分子状水素による転写促進効果にも関与していた.β受容体下流でのセカンドメッセンジャーがcAMPであることからも,分子状水素の作用はcAMPを制御することにより発揮されていることが想定された.そこで,培養細胞内におけるcAMP濃度変化をリアルタイムモニターする実験系を構築し,β受容体刺激薬と分子状水素の協働作用について検討を行った.β受容体刺激薬は濃度依存性のcAMP濃度上昇を引き起こした.分子状水素のみでは細胞内cAMP濃度は変化しないのに対して,分子状水素で前処理した後にβ受容体刺激薬を作用させると,β受容体刺激薬単独に比べ細胞内cAMP濃度がより高まることが明らかになった.また,β受容体遮断薬は分子状水素の有無にかかわらず細胞内cAMP濃度変化を阻害した.β受容体刺激後の時間軸に沿った細胞内cAMP濃度上昇は,分子状水素の存在によっても変化せず,分子状水素の作用点はcAMPの代謝過程に対するものではないと考えられたが,それ以上の解析を進めることはできなかった.
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