前年度までに、海馬スライス標本においてムスカリン受容体作動薬を加えることにより細胞内に発現するアセチルコリンM1受容体を活性化すると、シナプス伝達長期増強(LTP)の促進が観察されることを明らかにした。本年度は内因性アセチルコリンが細胞内アセチルコリンM1受容体を活性化させ、シナプス可塑性を制御するか否かを明らかにするため、海馬CA1領域のシナプス伝達長期増強(LTP)に対する非可逆的コリンエステラーゼ阻害薬diisopropyl fluorophosphate (DFP)の効果を検討した。本研究では、シナプス応答はSchaffer側枝を電気刺激してCA1のstriatum radiatumからフィールド記録した。またLTPはSchaffer側枝を100Hzで1秒間高頻度刺激することにより導出した。スライスのコリンエステラーゼ活性が完全に抑制される濃度のDFPを前処置したスライス標本でLTPを測定すると、無処置群と比較してLTPが有意に増強した。DFPによるLTP増強は、選択的M1受容体拮抗薬pirenzepineで遮断されたことから、M1受容体刺激によるものであることが明らかになった。また、細胞膜を通過しないペプチド性M1受容体拮抗薬であるMT7は、DFPによる初期(5-15分)のシナプス伝達増強の亢進は抑制したが、遅発相(50-60分)の増強には影響がなかった。逆に、アセチルコリンの取り込みを抑える低濃度のtetraethylammoniumによってDFPによる遅発相(50-60分)の増強が抑制された。これらの結果より、コリンエステラーゼ阻害下では内因性アセチルコリンが神経細胞内に取り込まれることにより細胞内M1受容体が活性化して、シナプス伝達長期増強が促進的に調節されていることが示唆された。
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