本研究の目的は、がんの発生・進展を正や負に制御する重要なシステムである細胞競合を駆動する細胞の「適応度」を規定する因子を同定し、細胞競合の動作機序をショウジョウバエの遺伝学を駆使することで明らかにすることである。がん抑制経路Hippo経路の構成因子の変異細胞は周辺細胞に細胞死を誘導し駆逐することで組織内に拡大してがん化を引き起こす性質をもつwinner細胞として知られている。本研究では、Hippo経路の構成因子の一つであるwarts (wts) 遺伝子の変異細胞クローンと、Hippo経路活性の制御因子であるがん抑制遺伝子lkb1遺伝子の変異細胞クローンを用いて細胞競合の適応度に関わる因子を単離・同定する遺伝学的スクリーニングを実施した。具体的には、ショウジョウバエ全ゲノムの80%以上をカバーする染色体欠失系統ライブラリーを用いて、上皮組織全体に一連の染色体欠失変異をヘテロに導入し、wts変異細胞クローンの増殖を抑制する系統を5系統単離した。さらに、lkb1変異細胞クローンの増殖を促進する系統を5系統、増殖を抑制する系統を1系統単離することに成功した。 一方で、これらの解析と並行して細胞競合によって組織から排除されるloser細胞において活性化するJNKシグナルと細胞適応度との関連性を解析した。その結果、loser細胞として知られている細胞極性因子scribble (scrib) の変異細胞とがん遺伝子Src活性化細胞においてJNKシグナルはWtsの活性化が引き起こし、それによってその標的因子であるYorkie (Yki) 活性を抑制していることがわかった。このことから、JNKシグナルはHippo経路活性(Yki活性)を制御することで「細胞適応度」の決定に重要な役割を担っていることが示唆された。
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