わが国で脱タバコ社会を実現するためには、喫煙の害の解明・啓蒙だけでなく、タバコ業界が巧妙な販売戦略で喫煙を誘導し、維持させていること、すなわちタバコ業界がマラリアにおけるハマダラ蚊のように、タバコ関連疾患のベクターとして機能してきたことを示し、排除していくことが求められる。そのために学術機関は重要な役割を果たしうるが、それにはまず学術研究機関自身がタバコ会社からの影響を排除していかなければならない。タバコ会社側からの研究資金を通じた学術への介入について個別事例の指摘は従来からあったが、そのことを根拠に基づき体系的に解明し、対応策を示すことはわが国ではほとんど行われてこなかった。本研究の目的はそれを行うことこにある。 そこで日本衛生学会と日本公衆衛生学会においてその学術総会や学会誌でのタバコ資金による研究の発表や掲載の禁止や、よりきびしい情報開示基準の設定などを提案した。公衆衛生学会は理事会の検討を経てこれが全体の方針になり、2017年4月より実施された。一方衛生学会では学会内で広く議論することとなり、パブリックコメントの募集とそこにおける賛否の代表的意見の表明者によるシンポジウムが開かれた。賛否を対比させるこれらの議論を通して、論点が整理され、人々の生命と健康を守るという学術活動の目的を重視するのか、そのための手続きとしての学術活動の自由を重視するかということの対立であることが明らかになった。 おりしもこうした提案を批判する著名法学者の記事が大衆雑誌に掲載され、論点が一層明らかになった。その要点は学術の目的を守る手段である学術活動の自由が、学術の目的を歪める意図を持った集団からの資金を得ることの自由まで含めてしまうと、命と健康を守る学術団体の目的自身が損なわれるということである。従ってやはりタバコ資金は学術活動から排除されなければならないと考える。
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