神経経済学的観点に基づく行動経済学的アプローチが糖尿病患者の行動解明に有効ではないかと考えて、行動経済学的アンケートを初めての臨床応用として糖尿病患者に実施した。その結果、仮想的ギャンブルにおいて危険愛好的な傾向を示す患者では糖尿病合併症を持つリスクが高いことが判明した(Emoto et al. Patient Prefer Adherence. 2015;9:649-658)。 しかしながら、合併症を持つ2型DM患者の危険愛好性は真に危険愛好的なのか疑わしい点が見られた。2型DMの患者では仮想的ギャンブルにおける数学的確率に関する質問内容を正確に読み取れていない、すなわちリテラシー能力(いわゆる読み書き、そろばん)が低いために、危険愛好的な選択をしている可能性が示唆された。2型DMで回答率が低いことは2型DM患者の怠惰さを示している可能性もあるが、おそらく、リテラシー能力の低さによる苦手意識と問題の先送り傾向を示していると考えられる。さらに、調査研究を進めると、学歴が網膜症及び腎症と強い相関があることが判明した(Emoto et al. Patient Prefer Adherence. 2016;10:2151-2162)。すなわち、最終学歴が高卒以下であることが特に網膜症の危険因子となっていた。さらに重要な点は1型糖尿病では学歴と網膜症及び腎症との相関は認められなかったことである(未発表データ)。これらの結果は、1型糖尿病と2型糖尿病は神経経済学的観点からは全く異なる疾患であることを示唆している。即ち、1型糖尿病は膵β細胞の破壊による純粋なインスリン不足であるのに対し、2型糖尿病は脳の認知機能不全による神経経済学的な意味での現代環境への適応障害である可能性がある。
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