国内の結核患者は高年齢者が全体の半数以上を占めている。これは、過去に感染した結核が再発することによると考えられている。事実、結核患者から分離された菌株の遺伝子解析によると、高齢者で有意に多い菌株系統群が存在し、過去において流行した菌株が現代において再発を起こしている痕跡が窺える。 過去の流行株の再発は、菌株の遺伝子を調べることで伝播経路を推定する「結核分子疫学解析」においても同一株として判定され、このような状況が現代における伝播経路追跡に支障をきたすことが懸念されている。本課題では、1950~1970年代において罹患された肺結核患者由来の病理標本からDNAを抽出し、結核菌遺伝子の変異解析と系統分類を行い、過去の結核がどのような菌株によって引き起こされていたのかを分析してきた。 本年度は解析対象を現代の分離株に拡張し、多株ゲノム解析に基づいて過去の系統分岐過程とその拡散履歴について検討を行った。ゲノム解析に基づく分子系統樹では、高齢者患者の頻度が高い系統(STK)、患者同士の関係が無いにもかかわらず遺伝型が一致する事例が多発する系統(ST3)の樹形において、過去の系統分岐が集中していることがわかった。これは、それぞれの系統が菌株の集中的な拡散=アウトブレイクによって形成されたことを意味し、それらが個々のイベントによって短期間に形成された可能性を示唆している。こうした傾向は国内全域で一様に観察され、過去に流行した菌株が全国的に散らばったプロセスが介在していることが想定される。今後、このような結核史の推定を元に、歴史学的な知見との整合性について議論を進める予定である。
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