本研究では1個の造血幹細胞から生じる2個の娘細胞ペア(paired daughter cell: PDC)間で対称性に発現する分子(対称性発現分子)を同定し、造血幹細胞分裂制御における機能を明らかにすることを目的に研究を進めている。これまでに、ニッチ分子Angpt1によって造血幹細胞の前駆細胞-前駆細胞(progenitor: P-P)分裂の頻度の低下、幹細胞(stem cell: S)を2個生み出す(S-S)対称分裂、幹細胞と前駆細胞を1個ずつ生み出す(S-P)非対称分裂の頻度の増加が見られた。また、Bmi1がAngpt1添加によりPDC間で対称性に発現することを見出している。現在、Bmi1を組織特異的に高発現するノックインマウス由来の造血幹細胞、および細胞膜透過性BMi1タンパクを用いた細胞分裂アッセイを行い、Bmi1の導入により造血幹細胞の自己複製分裂を誘導できるか検討を続けている。 また、実際のPDC間の細胞分裂パターンと娘細胞のペアをランダムに組み換えたnull model (ランダムペア)の細胞分裂パターンの比較により検討したところ、両者に有意な差が見られないことが分かった。この結果から、Angpt1は自己複製の確率(probability)を上げることにより造血幹細胞数を維持しており、造血幹細胞の自己複製分裂は確率論的なプロセスにより制御されることが明らかとなった。 さらに、今年度は新たに人工ニューロンネットワーク(ANN)を用いて細胞分裂パターンの解析を行った。ANNにより、4週齢、8週齢、および1.5年齢のマウス造血幹細胞と前駆細胞について、それぞれの細胞集団を高精度に分離することが可能となり、細胞分裂による娘細胞の老化を解析できることとなった。そこで、Angpt1の老化に対する作用を解析したところ、コントロールと比較して娘細胞が2個の老化幹細胞を産み出す、老化幹細胞-老化幹細胞の分裂パターンの頻度を低下させる作用があることが明らかとなった。
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