前年度の成果により、ヒトから採取した少数の毛根サンプルから、精度の高い時計遺伝子発現測定が可能になった。本年度は、この測定系を睡眠障害の被験者に適用した。この目的は、24時間にわたり3回の毛根採取(約8時間間隔の採取)を実施して睡眠障害者の概日位相を推定することで、概日位相に異常がみられる被験者を客観的に選別することである。これが実現できると、簡便にかつ数日のうちに「隠れた概日リズム睡眠障害者」を臨床的に選別することが可能となり、その結果、適切な睡眠障害治療を展開することが可能になる。現状の睡眠医療においては、メラトニン測定による概日位相推定は光環境制御や採取頻度等の技術的ハードルのために実施困難であり、現実的には数週間にわたる自己睡眠記録や活動量計測を行っているが、この方法では社会生活に隠された概日リズム睡眠障害は検出できない。 本年度は、まず、無作為に睡眠異常を自覚している被験者を募集し、PSQI(ピッツバーグ睡眠調査票)を用いたスクリーニングを行うことで睡眠障害者を選別した。これらの被験者は社会生活に適応できており、従来の概日リズム睡眠障害を罹患していない。被験者に対して3回の毛根採取を行い、リアルタイムPCR法による時計遺伝子発現定量を実施した。得られたデータは18S-rRNAの発現量によって補正された後、独自のコサインフィッティング法を適用することで概日位相が推定された。この推定精度が高いことは、測定・推定結果の再現性によって確認できた。過去の我々の研究成果によって、社会的生活時刻(特に仕事がある日の起床時刻)に対する時計遺伝子発現位相の「時間差」を算出すると、睡眠健常者においては一定の時間差に収束することがわかっていた。今回の測定結果によると、この時間差から大きく外れる被験者が含まれており、隠れた概日リズム睡眠障害者の検出に成功したと考えることができる。
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