肝移植の門脈再灌流時に起こる著明な体血圧の低下は、再灌流症候群(post-reperfusion syndrome :PRS) と称される。PRS の原因として、肝血流再開時に放出される何らかの弛緩性血管作動物質が関与していることが考えられる。 われわれは、モルモット胸部大動脈摘出血管標本に対して、肝移植再灌流時に採取した血液から得られた血漿(以下、再灌流後血漿)が、再灌流直前の血漿(以下、再灌流前血漿)にはない内皮依存性血管平滑筋弛緩反応を引き起こすことを見出した。この事実は、再灌流後血漿中には、再灌流前には存在しなかった何らかの血管弛緩物質が存在することを示唆する。 この内皮依存性弛緩反応に対するブラジキニン(B2)受容体、ヒスタミン(H1)受容体、ATP/ADP(P2Y1)受容体の関連性を検討した。その結果、P2Y1受容体拮抗薬のみが、再灌流後血漿の内皮依存性弛緩反応を抑制した。さらにATPは弛緩反応を示したが、ADPは弛緩反応を示さなかった。この結果から、再灌流後血漿中に含まれる血管弛緩物質がATPである可能性が示唆された。しかしながら、この結果の定量性をみるために複数の患者血漿で実験を繰り返したところ、再現性に乏しかった。すなわち、再灌流前血漿でもP2Y1受容体を介する内皮依存性弛緩反応が観察されるケース、再灌流前後の両方の血漿で弛緩反応がみられず、逆に収縮反応が観察された実験例もあった。 動物種や血管の種類によって発現する受容体の種類が異なることも考慮し、マウスやラットの血管や腸間膜動脈、頸動脈を血管サンプルとして使用しても結果は安定しなかった。以上の結果から、患者血漿を使用した実験には限界があるという結論に至った。また、ATPは分解が速いことや採血する際にずり応力で赤血球からATPが放出されること等によりその量が安定しないからであると考えられる。
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