麻酔薬は中枢神経系に対して、主作用である鎮静以外の作用を有している。このような麻酔薬の副次的作用は、精緻な検討を通じて臨床応用性を備えた主作用に転化する可能性を有する。ミダゾラムの副次的作用のうち、注目すべきは心的外傷後ストレス障害のフラッシュバックに及ぼす作用である。これは心的外傷後ストレス障害のフラッシュバックの治療に応用可能である。フラッシュバックの症状は、過剰な自律神経反応と、それを惹起する忘却し難い不快情動体験の記憶から構成され、ミダゾラムは自律神経反応を明らかに低減するが、それが不快情動体験記憶を忘却したことによるかは、これまで不明であった。ミダゾラムの記憶忘却作用が示されれば、当該薬剤がフラッシュバックの対処的治療ではなく、根本的治療に応用可能であることが明らかとなる。そこで本研究では、自律神経反応を伴わない課題であるモリス水迷路テストおよび物体再認テストを用いて、記憶そのものへのミダゾラムの影響を検討した。モリス水迷路を用いて実験を行った結果、ミダゾラムは水迷路学習過程においてだけでなく、記憶の想起過程においても影響しないことが分かった。また物体再認テストを用いて実験を行った結果、ミダゾラムは記憶学習過程においてだけでなく、記憶の想起過程においても影響しないことが分かった。以上の結果より、ミダゾラムは自律神経による記憶の固定強化へ干渉し、有害記憶の消去に働いている可能性が示唆された。
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