ヒト角膜内皮細胞は生体内における増殖能が乏しく、広範囲に障害されると水疱性角膜症による重症視力障害をきたす。我々は角膜内皮再生医療の開発に取り組み、2013年12月に角膜内皮細胞注入治療のFirst-in-man臨床研究を開始した。一方、ヒト角膜内皮細胞を培養すると細胞老化による密度低下が生じることが知られており、その克服は再生医療の実現に向けた重要な課題である。本研究では角膜内皮細胞老化の分子機構を解明し、細胞老化の制御による新しい角膜内皮細胞培養法を確立することを目指す。 本年度は、昨年度に開発したラミニン511-E8フラグメントを基質とした細胞培養系を用いて、培養ヒト角膜内皮細胞の細胞老化に対するp38 MAPキナーゼ阻害剤の有用性を検討した。p38 MAPキナーゼ阻害剤を添加した群では、非添加培群と比較して、角膜内皮細胞の細胞老化様形態変化が抑制され、細胞密度も有意に高値となった。また、添加群では角膜内皮細胞の機能関連マーカーがすべての細胞に発現しており、非添加群に比べて核細胞質比が有意に高値を示した。タンパクアレイおよび定量PCRによる炎症性サイトカインの発現検討では、p38 MAPキナーゼ阻害剤の添加によりIL-6、 IL-8、 MCP-1など炎症や細胞老化に関与する因子の発現が抑制された。以上の結果より、p38 MAPキナーゼ阻害剤は、細胞培養環境における細胞老化に関連する遺伝子変化、SASP(senescence-associated secretory phenotype)タンパク質を抑制することによって、高密度で角膜内皮機能を維持したヒト角膜内皮細胞培養を可能にすることが示された。さらに高密度の角膜内皮細胞は低密度の角膜内皮細胞よりも細胞接着能や増殖能が高いことを確認し、ウサギ水疱性角膜症モデルを用いた注入実験により、高密度の角膜内皮細胞を移植することによって、早期に角膜浮腫が改善し、高密度の角膜内皮細胞が再建されることを示した。
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