本研究の目的は、主に視覚情報が脳内で意識的に認識される仕組みを、前行性信号(低次野から高次野へと伝達される神経信号)に注目しながら解明することである。今年度の主要な結果として、以下の2つを得た。 1. 意識知覚の錯覚を生み出す脳内メカニズムの特定:錯覚は、物理刺激と意識知覚が乖離する現象である。そのため「物理信号がどのようにして意識知覚に変換されるか」という仕組みを調べるための有力な手法として用いられる。本研究課題においても独自の錯覚を考案し、それに伴う神経活動の変化(特に前行性信号の変化)を調べることで、両者の関連性を探った。まず前年度までのアプローチにより、意識知覚の時間的側面を誤認させる新しい錯覚を発見した(前年度の実績報告書参照)。今年度はその現象を脳活動計測実験と組み合わせ、錯覚の神経メカニズムを探った。その結果、視覚野から高次野へと伝播するアルファー波の抑制(前行性信号の1つ)が、錯覚発生の主要な原因である証拠を得た。視覚野におけるアルファー抑制のタイミングは比較的遅く(潜時にして200ミリ秒程度)、前行性信号の中でも二次的な(遅い)ものと考えられる。一連の結果はこのような遅い前向性信号が意識知覚(特にその時間的側面)と深く関わっていることを示しており、両者の直接的関連性を示唆する更なる証拠を得た。以上の結果は論文としてまとめ、英文国際誌に投稿中である。 2. 前向性信号における振動リズムの分析:上記のように視覚野から高次野に広がるアルファー抑制は、意識知覚の発生と深い関係がある。従来はアルファー「抑制」という言葉が示すように、意識知覚に伴うアルファー波の振幅の変化(縦の変化)が注目されてきた。だが我々はこのような縦の変化に加え、横の変化(アルファー波の振動リズムの時間的変化)もあることを新たに発見した。結果は論文としてまとめ、英文国際誌に投稿中である。
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